第83話 四度目
どさっと何かが地面に崩れ落ちた。
室内を照らしていた魔素の光が無くなり、徐々に暗闇が戻ってくる。
牢獄のような部屋の散らついた電球によってぼうっと浮かび上がったのは、地面に伏して動かなくなる人間と、それを見下ろしている人間の二つの影だ。
床に崩れ落ちた者。
それは、イノの方であった。
「情けねえな、魔法士さんよぉ」
スドーは首元を軽く払う。
イノが必死に力を入れて締めていた首には、跡の一つも残ってはいなかった。
「こんなところまで来てよぉ……結局何にもできてねぇ、成し遂げてねぇなぁ」
スドーはイノの元に屈んで、同じ目線になる。
蛇のような目を細くし、項垂れるイノを見据える。
「なあ、イノ・クルーゼさんよ」
「……!」
イノの体が反射的にピクリと反応する。
俺の名前を……?
この男、最初から知っていたのか。
「そりゃ、人を爆弾にする悪魔だ。ちょっとでも今の情勢を勉強してりゃ、お前の名前は耳に入ってくるもんだよ」
イノの心中を察したかのように、スドーはイノの疑問に答える。
そして、頬杖をつきながら虚空を見上げた。
「お前の仲間って言うと、開発部の部下ってところか? そういえば……エルステリア人が一人いるらしいな」
イノははっと顔を上げた。
第七兵器開発部のことまで知られているのか。
奴の言うエルステリア人というのは、間違いなくアイナのことだろう。
イノの背中から、再び嫌な汗が滲み出て来た。
「エルステリア人にあの豚野郎……なるほどな、読めてきた」
スドーは顎に手を当てながら、口元に薄く笑みを浮かべる。
イノのことが次第に丸裸にされていた。
嫌な予感がする。
スドーが次に一体何を言い出すのか、全く読めなかった。
すると、スドーは何かを思いついたかのように立ち上がる。
「よし、決めたぞ。何もできないお前に代わり、俺がなんとかしてやるよ」
スニッファ、行くぞ、と自身の部下に言いつけて、部屋を出て行こうとする。
気味の悪い笑い方をしながら、子供のように無邪気についていくスニッファ。
「ど、どこへ行くんだ!」
イノは咄嗟に部屋を出ようとする二人に呼びかけた。
すると、スドーは悪魔のような笑みを浮かべて、イノの問いに答える。
「お前の仲間を殺しに行くのさ」
「な……!?」
イノは目を見開いた。
焦燥と絶望で、心臓が首元までせり上がってきたような苦しさ。
息ができなくなりそうだった。
口がもつれて、うまく言い返せない。
「お前が何もできないから、かわいそうなお前の仲間を殺しに行くのさ。誰だって爆弾になって死にたくはねえだろ。だから一思いに俺が殺してやる」
それが一番シンプルな解決策だ。
お前も重荷を下ろせるし、仲間は救われる。
スドーはそう言うのだった。
だが、イノはそれだけは承諾できない。
「礼はいらねえよ。お前はそこで待ってろ」
スドーは身を翻して、部屋を出て行こうとする。
まずい。
それだけはだめだ……
「ま、待て!」
イノは全力で声をかけて止める。
声が震えてしまっていた。
「ああ?」
スドーは睨みを効かせて、イノの方に振り向く。
これ以上は機嫌を損ねるものだったのだろうか。
イノには、スドーの気迫に対抗できるほどの気力を、もう持ち合わせてはいなかった。
「待ってくれ……い、いや、待ってください」
もう、勇ましく声を張ることなんてできない。
イノの声は尻すぼみになっていく。
地面につけた膝は揃えられ、体勢は自然と丁寧なものになってしまっていた。
悪人相手にも平気で。
この姿勢がもう染みついてしまっているのかもしれない。
「お願いします。それだけは、やめてください……!」