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第82話 最もシンプルな方法

「殺せ」



 スドーは一言そう告げた。


 イノは単純な三音で構成された言葉なのに、うまく理解できなかった。



「気に食わねえ奴は殺せばいい」



「な、何を言って……」



 イノは狼狽する。



 考えもつかなかった選択肢にまるで思考が追いつかない。


 目を白黒させて、スドーの『殺せ』という提言を、壊れたロボットのように反芻する。



「だってそうだろ? お前があの豚野郎にどんな弱みを握られているか知らねえが、あいつを殺せば全てが解決しちまうんだよ」



 テーリヒェンを殺せば。


 スドーはそう言っている。



 それは、頭の悪い殺人鬼の言葉のようで、確かな解決策として成立していた。



 まだ次の特別作戦が立案されていないとすれば、立案者を亡き者とすれば、作戦が実施されることはない。


 汚職を必死に調べる必要もないし、士官やら貴族など、他の誰かに協力を要請する必要もない。



 ただの一士官の死だ。



 イノが元々危惧していた、帝国軍とエルステリア人のパワーバランスを壊すようなこともないだろう。


 特別作戦というシステムを維持しながら、アイナを救うことができるかもしれない。



 スドーの言う通り、何よりもシンプルな方法である。



 だが、それは真っ当な人間が取る方法では断じてない。



「軍人が気に食わねえなら軍人を殺せ。貴族が気に食わねえなら貴族を殺せ」



 イノの手に、体に力が入っていく。


 スドーの放つプレッシャーに、イノは圧倒されていた。



 気づけば、後ろにいるスニッファもおろおろとした様子はもう無くなり、不気味な笑いを取り戻していた。



「そして、俺達をどうにかしたかったら、ここで俺を殺せばいい」



「ぐっ……!」



 イノの顔がより険しくなる。


 スドーの言っていることが有効であることが分かるからだ。



 テーリヒェンから手を引かせたかったら、その組織の親玉を殺せばいいのだ。


 頭を潰せば組織が立ち行かなくなり、テーリヒェンからの信用もなくなる。



「てめえは回りくどいんだよ。今まで色々と策を練って、うまく立ち回ってきたつもりだろうが全然ダメだ」



 スドーはイノが今までやって来た努力を真っ向から否定する。


 帝国士官と貴族達に、プライドを捨てて頭を下げて来たのは全て無駄だと。



「一番簡単なことができちゃいねえ。目の前のことから目を背けて、無駄に遠回りしてるだけだぁ!」



 スドーの語気が強くなっていく。


 それに、イノはどんどん押されていっていた。



 足が勝手に後退りを始めている。



 それでも、イノは圧をかけてくるスドーに対抗するために、自身の魔力を強めていた。



「さあ殺せ! 俺を殺せる魔法なんていくらでもあるだろうが! 火で焼くか、水で溺れさせるか、風で切り裂くか、土に埋めろ! 闇でも光でもなんでも使え!」



 スドーはどんどん前に押してくる。



 イノの呼吸が徐々に荒くなり、嫌な汗がこめかみを通って滴る。


 奴の威圧に押され、必要以上に魔力を放出してしまっているからだろう。



 この魔力量では、スドーを殺してしまう。



 殺すことができてしまう。



「まだ自分の手を汚さずに解決できると思ってんのか!? そんな甘ったるい話があるわけねえだろ! 殺せ! 仲間を救いてえんじゃねえのか!?」



「ぐ、ぐああ……!」



 苦渋の声が漏れ出るとともに、イノの体から魔力の光が漏れ出している。


 漏れ出した光が、日の光が差さない牢獄のようなこの部屋に反射している。



 臨界点を突破した魔素は光を放ち、具現化するのだ。



 これは、イノがスドーをいつでも殺せることを意味している。




「殺せ! 早く殺せ! さあ、早く!」




 イノが両手と体にこんなにも力を入れているのに、そして魔力を強めているのに、スドーの体を押し返せない。


 いつの間にか、イノは部屋の壁際まで追いやられていた。



 これ以上、後ろに下がれない。



 目の前には止めることのできない巨体、後ろには堅牢な壁。


 殺せと(はや)し立てる声とスニッファの笑い声が耳から入り、脳を圧迫していた。



 もう、どうすることもできない。




 魔法を発動するしか。




 この男を殺すしか————




「さあ早く殺せぇ!!! 殺せえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!」





「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」





 イノは叫んだ。




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