第79話 おもしろくない顔
スドー。
フラッド・カンパニーの頭領であり、事実上『アルディア』北部の裏社会を支配する男だ。
数々の極悪な事件を引き起こし、新聞にも何回か載っている。
イノが顔を見たことがあると思ったのはそれだろう。
その危険度に、軍も無闇に手を出せない男だと言われている。
まさか、こうも簡単に悪の親玉に会えるとは。
イノは体を碌に動かせない状態で、静かに驚嘆していた。
「で、こいつはなんだ?」
大男はスニッファの拘束を解き、イノに指を差して問う。
スニッファはゲホゲホと苦しそうに咳き込んだ後、ニヤリと笑みを浮かべた。
「俺達をかぎまわってたネズミっす。俺が捕まえて痛めつけて分からせてやったから、もう大丈夫だぜ親分!」
スニッファはコンクリートにめり込んだ体を引き剥がし、興奮しながら喋っていた。
壁に人型の穴が空いている。
スドーの剛腕っぷりが目に見えて分かる光景だった。
「かぎまわってた?」
「ああ、変装魔法やらなんやら使ったりしてな」
スニッファは事の経緯を話し始める。
奴の自慢の鼻で完全にイノの匂いを嗅ぎ分けられており、イノの行動は筒抜けだった。
「魔法士か。どっかの間者っていう可能性はねえんだろうな?」
「それはないと思うぜ親分。こいつからは裏社会特有の香ばしい匂いがしねえんだ」
今まで至極真っ当に生きてきました、みたいな甘ったるい匂いがすんだよ、と気色の悪い笑い方をしながら話すスニッファ。
スドーはふーん、と興味のなさそうな返事をしつつ、イノの元に屈む。
そして、イノの頭をつかんで、顔が見えるように引っ張り上げた。
「真っ当な人間を痛めつけて闇堕ちさせるのが最高に気持ちいいんだ……! それでよお、俺が痛めつけてやったら、こいつ、いい目をするようになったんだよぉ……闇の染まった目に! 親分も見てみてくれよ! きっと笑えるぜ?」
スニッファは両手を広げ、スドーにイノの顔を見るように促す。
スドーは視線をイノに戻し、イノの顔をじっと見た。
傷の深い、強面の顔がイノの瞳に映る。
そして、スドーは怪訝な顔をした。
「……いや、別段おもしれえ顔はしてねえけどな。まるで————まだ終わっちゃいねえとでも言いたげな顔だぜ」
スドーはイノの頭から手を離し、イノがまただらんと首を下ろす。
その言葉を聞き、スニッファは慌ててイノに駆け寄った。
「そ、そんなことはねえよ! ほらほら!」
スニッファは椅子を前に押し出し、スドーにイノを近づける。
その時だった。
押し出した瞬間に椅子の足が折れ、ガクンと下に下がった。
拘束が緩み、そのタイミングでイノは勢いよく体を起こして、前に飛び出た。
スドーに襲いかかったのだ。
イノは前に飛び出た勢いのまま、スドーの首を右手で掴んだ。
「お、おやぶ————」
「動くなっ!!」
イノは思いっきり声を出した。