第69話 人間ということ
「……俺の仲間が、自爆魔法士にさせられそうなんです。」
ギルベルトに対し、あえて自爆魔法士という、非公式の名前を使った。
取り繕うのは、もうやめたからだ。
イノはギルベルトに真の要求を話し始める。
どうしてテーリヒェンを失脚させたいのか。
どうして帝国士官や貴族達に協力を依頼していたのか。
どうして、ここに来たのか。
ここに至るまでの経緯を、全て打ち明けた。
「アイナは、俺の家族のような存在なんです……!」
イノの言葉に力が入っていく。
小さい頃から、アイナの優しさ、誠実さを知っていた。
そんな彼女がただエルステリア人というだけで、帝国に虐げられている。
それでもアイナは、そんな状況を変えようとした。
死に物狂いで努力した。
そして、帝国認定魔法技師となることを果たした。
「ただでさえ、相当な努力が必要となる魔法技師に、人種の違いというハンデを背負ってその地位を勝ちとったんです」
彼女の努力を、イノはずっと見てきた。
イノみたいな魔法オタクならともかく、そうではないアイナにとって、専門技術を一つ習得することは並大抵の努力じゃ達成できない。
エルステリア人というだけで風当たりの強い世の中だ。
勉強する環境もあまり良いものではなかったはずである。
それでも、彼女は成し遂げた。
そして、帝国の中での安全を手に入れた————はずだったのだ。
「だというのに、テーリヒェンはそれを嘲笑うかのように、『エンゲルス』に編成すると平気で口にした」
さも、当たり前というように。
むしろこのことが、美談であるように奴は言っていた。
そのきっかけも到底納得のいくものではない。
貴族に非人間として扱われ、正当防衛にも関わらず、死刑宣告である。
「こんな理不尽なことがあってたまるか!」
イノは立ち上がって、ギルベルトに訴える。
体が熱くなっているのを感じる。
自分が冷静じゃなくなっているのは分かっていた。
でも、言わずにはいられない。
同じ人間なのに、どうしてみんなエルステリア人を嫌う。
アイナを嫌う。
イノは一呼吸置いて、ギルベルトの方を真っ直ぐと見据える。
「最高司令、あなたが言ってくれれば、全てが変わるんだ……!」
イノはその場に膝をついた。
みっともないとは思わない。
取り繕って媚びへつらうのではなく、誠心誠意、本気の願いだ。
「お願いです、アイナを助けてください!」
イノはまた、地面に座り込んで頭を下げた。
誠実に、裏表のない、心の底からの要求。
今のイノの全てを賭けたものだった。
しばらく沈黙が走る。
低い姿勢で汗がこめかみを滴りながら、イノは待ち続けた。
すると、虚空を見つめていたギルベルトは一つ息を吐き、イノの方を見る。
「つまり、代わりを用意すればいいのかな?」
イノは目を見開いて固まる。
ギルベルトは至極当たり前のことを言っている。
しかし、イノは不意に頭を殴られたような衝撃に陥った。
「君の仲間の代わりに死んでくれるエルステリア人を探せばいいということなのかな」
「いえ、それは————」
そんな問いに肯定するわけにはいかなかった。
ギルベルトは重ねて問う。
「では、特別作戦を無くせばいいのかい? 帝国は敵国の危険に晒されるが」
「……」
「青年よ、話がぐるぐる回ってきておるぞ」
ギルベルトのそんな指摘に、イノは何も言い返すことができない。
考えてみれば、イノの要求は矛盾だらけだった。
アイナを救うことと、特別作戦を滞りなく遂行することは、相反する。
それを分かっていても、イノは頭を上げることはできない。
ギルベルトはそんなイノの様子を見ながら、立ち上がって窓の外を見る。
「青年、いや、イノ・クルーゼ君。わしは君を評価していたんじゃ」
黄金色に染まり始めていた、ニューロリフト家の外の景色。
豪邸からもぽつぽつと夜の明かりが灯り始め、その明かりが夕焼けの光ともに、庭の噴水に反射する。
「今の帝国は、そしてサラメリア人は、情けないことに魔族達に敵わない。わしらはエルステリア人に助けてもらってるんじゃ。心苦しいことに命を賭して戦ってもらっておる。感謝してもしきれん」
窓からの太陽光により、イノとギルベルトの影は応接室の奥まで伸びていた。
腕を後ろに組み、堂々とした姿勢の壮年の男の影と、床に蹲り丸みを帯びている影。
「その代わり、わしらは彼らの残した家族を、愛する人達を、永遠に守っていく義務がある。そのために全力を尽くす必要があるんじゃ」
ギルベルトは遠くの景色を見ながら喋っていた。
サラメリア人、そしてエルステリア人が暮らす、帝国の中央街『レグルス』の情景がそこにはある。
そして、彼は目線を変え、未だに姿勢を変えないイノを見下ろす。
「それを誰よりも心に留めて、守ってきたのは、君じゃないか」
ギルベルトの心のこもった言葉が、針の形になり、イノの耳から入って胸まで届く。
イノは無意識に応接室の絨毯を強く握りしめていた。
「わしはその姿勢を評価していた。尊敬していた」
イノの心に言葉が刺さる。
ギルベルトはイノに対し、最初から悪い印象を持っていなかったということになる。
あるのは、帝国を守ろうとする者としての尊敬。
気を抜けば涙が出そうなくらい、つらく、そして優しい言葉だった。
「だが、自分の身内になるとそれか。そこまで自分の覚悟を研ぎ澄ませられなかったということか」
イノは顔を上げられない。
このまま一生上がらなくてもいいと思う。
今のイノにできることはこれだけなのだから。
もう答えは出ているようなものだった。
それでもイノは、ギルベルトに願い続けた。
「君は、人間なのだな」