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第67話 誠心誠意の糾弾

 先手をもらい、イノは駒を一つ進める。



 最初の展開は大体決まっており、セオリーを踏んでさえいればそこまで考えるようなこともない。



 ギルベルトはゆったりとした所作で、チェスの駒を次々と進めていく。


 その様子に対し、チェスの打ち方はまったくと言っていいほど隙がなかった。



 さすがにこの時代最高の名将である。



 いくつか盤面が進んでいくと、ギルベルトが口を開いた。



「そういえば、娘が世話になったようじゃないか」



 娘と言われてイノは少しだけ考えたが、ニューロリフト家の娘と言われれば一人しかいない。



 ルビアのことだ。



「……ご存知、だったのですか?」



 ギルベルトの発言にイノは少なからず驚く。


 別にお忍びで第七兵器開発部に来ていたわけではなかっただろうが、ルビアとイノ達の関係を容認しているとは思わなかった。



「大規模作戦部隊のパレードでのあの騒ぎ、そこまで大事にならなかったのは君のおかげだと聞いている。まだまだ若いと言えどニューロリフトの人間、不祥事を起こせば家の沽券(こけん)に関わってくることじゃった。改めて礼を言わせてもらうよ」



「いえ、そんな————」



 礼を言われるようなことは何もしていない。



 事実、イノは何もしていないのだから。


 あの場が収まったのは、クルトさんがいてくれたからである。



 イノがルビアにどう声をかけても、彼女は止まらなかった。


 クルトさんが出てきてくれなければ、大変なことになっていただろう。



「つまりは君はニューロリフト家の恩人でもあるということだ。なんでも話を聞いてやるぞ」



「え?」



 突然の申し出にイノは呆気を取られる。


 ギルベルトは笑みを浮かべて、イノの目を見ていた。



「何か要求があってきたんじゃろ?」



「……!」



 ニューロリフトの血を示す碧眼が、イノの思惑を的確に掴む。



 さすがにあの天才の父親だ。


 イノの考えていることなど既に筒抜けだった。



 こちらにとっては願ってもない申し出。


 この機会を無駄にするわけにはいかない。



 イノにできることは誠心誠意頼み込むこと。



 もうみっともないことはなしだ。


 というか、帝国軍のトップに君臨する男に、金だの地位だのの話をしても意味がない。



 イノはギルベルトに、ここへ訪れた目的について話し始めた。



「参謀本部、『エンゲルス』管轄のテーリヒェン大佐についてです」



 イノはまた、懐から魔石を取り出してそれを再生する。


 そこにはテーリヒェンの悪どい発言の数々が録音されていた。



 どれも帝国士官としてあるまじき発言の数々。


 その音声をギルベルトは黙って聞いていた。



 彼はこれを聞き、どう思うのか。


 怒りなのか、失望なのか、それとも————



 魔石からの一連の音声を聞き終わり、イノが話し出す。



「この通りです。このような男を野放しにしていれば、帝国は悪くなる一方でしょう。自分の利益のことしか目がない人間に、特別作戦の指揮官という大役を任せておいて良いものでしょうか」



 イノは説得に入る。


 ギルベルトは聞いているのかいないのか、黙りこくったままチェス進めていた。



「この証拠は差し上げます。ですから、あの男を弾劾してください。そうしなければ、この街がどんどん侵食されて————」



「わしがそれを知らずに放置していると思っているのかね?」



 なんだと……?



 穏やかな表情のままそう返され、イノは固まる。


 まさか、闇組織が『アルディア』の中に参入してきていることをもう既に知っていたのか……?



「すでに憲兵や担当の士官に呼びかけて、組織の拠点を潰せるように動いている。何よりわしの()()()()も積極的に動いてくれているのでな。君が心配することはあるまい」



 それより今は軍内部の関係性を損なう方がまずい。戦争中なのでな————


 ギルベルトは駒を進めながら、そう続ける。



 言っていることは理解できるが、それを放置していいわけがない。


 イノは前のめりになって、ギルベルトに喰らいつく。



「で、でも————奴は旧体制派の人間です! このまま奴が力をつければ、あなた達の派閥だって危機にさらされるのではないですか!?」



「それはないじゃろうな」



 ギルベルトは言い切った。



 さも当然だというように。



「豚がどれだけ背伸びしようと狼を統べることはできないように、あの男の器ではどうやってもこの国を背負うことはできん。仮にそのような地位に彼が立てたとしても、軍にも、帝国にも、さして影響はない」



 ギルベルトはどこまでも冷静だった。


 イノのルークを弾き、自分の元に持っていく。



「そんなっ……!」



 それはそもそも前提が間違っている。



 テーリヒェンが悪事を働き、権力を持つことが問題なのではないか。



 無能が身に余る力を振り回せば、軍の稼働もままならなくなる。


 そのつけは国民に回ってくる。



「————そうなれば、この国も危うくなるでしょうが……!」



 イノは帝国軍の頂点に君臨する男に、勇ましく反論する。


 俺の言っていることは間違ってないはずだ。



 なのに、どうして彼に響かないのか。



 ギルベルトはチェスの手を止め、イノの顔を見つめる。



「青年よ。勘違いを正しておこう。悪行も、高い地位も、意味などないのだよ」




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