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第64話 貴公子の誘い

「ヴィルヘルム・アマデウス・ニューロリフトだ」



「!!」



 聞いたことのある長い名前だった。



 ニューロリフト。



 帝国軍のトップを司る名前。


 十しかない公爵家の中でも一番に名前の上がる大貴族である。



 そして、ルビアの兄弟。



 何回か話に出ていた、兄なのだろう。




 いや、ルビアから話を聞く前から、ヴィルヘルムという名前を知っていた。



 『エンゲルス』、そして、イノ達にも関係の深い人物だからだ。



 関係、というより、因縁、であろうか。




 なにせ、ヴィルヘルム・アマデウス・ニューロリフトという男は、帝国軍中将にして、参謀総長。



 この国の頭脳と言われる天才。




 そして、()()()()()()()()()()()()()()、この国の窮地を救ったとされる英雄であった。




「よろしく、イノ・クルーゼ君」




 ヴィルヘルムはイノと握手をしようと手を差し出す。


 イノは少しの間だけ迷った結果————その手を取った。



「お初にお目にかかり、光栄です」



「そんなにかしこまらなくてもいいさ。君と私の年齢はそうは違わない。同世代だよ」



 そこがこの男の末恐ろしいところである。


 イノと同世代ということは、戦争が始まり、そして、特別作戦が始まる頃はまだ十代だったということだ。



 その年齢で、彼は特別作戦を立案した。



 イノ達とエルステリア人の残酷な現実、その元凶を作り出した。




 自然と握手の手に力が入る。



 しかし、ヴィルヘルムはイノの思惑に何一つ気づかず、その手を離した。



「で、何があったのかな?」



 ヴィルヘルムは話を戻し、シャハナー少尉に何があったかを確認しようとする。


 しかし、シャハナー少尉は頑なに話そうとはしなかった。



「いえ、ヴィルヘルム様が気にすることでは……」



「そう寂しいことを言うな」



 ヴィルヘルムはそう言うが、少尉は渋い顔をしたままだ。



 少尉としては上官に、上官どころか軍のトップと言っても過言ではない人物に、無駄に時間を消費させたくはないのだろう。


 それは部下として正しい行動なのだろう。



 ヴィルヘルムは、これ以上シャハナー少尉に聞いても何も出てこないと判断し、目線をイノに戻す。


 そして、口元に手を添えて何かを考えだした。



「ふむ、君は魔導兵器の魔法技師であったな。管轄は確か……テーリヒェン大佐であろう」



 どうやら、帝国軍の中将殿にも、イノの存在は知られているらしい。


 それが良い噂なのか悪い噂なのかは知らないが。



 イノが間違いのない事実に頷くと、ヴィルヘルムは再び思索する。



「管轄外の軍人にこうも真剣に頼み込むことはそうあることではない。考えられるのは……大佐に関してのことで何かしらの不満や問題があって、それを相談しにここにきた。違うかい?」



 ヴィルヘルムは、イノの用件を言い当ててみせた。



 イノに衝撃が走る。




 素直にすごいと思った。



 そして恐ろしいと。



 今の状況を正確に分析する力。


 そして、帝国軍の構造、管轄、様々な人間関係が全て頭に入っているからこそだろう。



 やはり、この男は天才なのか。




 イノは的を射すぎているヴィルヘルムの言葉に、こくこくと頷く。



「だが、私に推測できるのはここまでのようだ。ここから先を私に話してみてくれないか?」



 ここまで言われれば、話すも話さないも同じように思えた。


 言われるがまま、イノはヴィルヘルムにここに来た理由を説明する。



 今までのように誇張したところで全て見透かされそうな気がしたので、テーリヒェンの汚職、それを元にテーリヒェンを咎めたいという旨をありのまま説明する。



 アイナのことについては流石に喋らなかったが。



「ふむ、なるほど。テーリヒェンに失脚して欲しいか……」



 真っ平らに、なんの脚色もなく説明しても、ヴィルヘルムは素直にイノの話を聞いてくれた。


 イノは自分のさっきまでの行動を省みて、苦々しい顔をする。



 少尉の言うとおりだ。



 みっともなく這いつくばって、金と地位の話をちらつかせて勧誘した。


 貴族や成り上がりの帝国士官は全て、そういった話に目がないのだと、勘違いしていた。



 ひどい偏見だったのである。



 そんなことをしても、誰もついてこないのは明らかだった。


 それよりもイノがすべきだったのが、誠心誠意、ありのままのことを話し、協力を要請することだった。



 帝国の民として、助けを求めるべきだったのである。



 もう今更、同じ人に誠実に頼み込んだとしても、きっと意味はないだろう。


 一度拒絶した人間の話を聞こうとは思えない。



 一度、計画を考え直さなければならなかった。



 分かりやすく肩を落とすイノ。



 そんな姿に、ヴィルヘルムが声を掛ける。




「ならば、いい方法があるぞ青年」




 ヴィルヘルムはイノに近づく。


 彼はすました顔で、イノに提案した。




「私の父に話をしてみないか?」




「え!?」




 突然の、とんでもない提案に、素っ頓狂な声が上がる。


 この発言には、シャハナー少尉も、ギョッとした表情をしていた。



「ヴィルヘルム様、それは流石にいかがなものかと……」



「どうしてだい? 貴重な国民の意見だ。この国をより良くするために父上に話を通してもおかしくないだろう」



「いやしかし————」



 ヴィルヘルムの父といえば、すなわちルビアの父でもある。


 そして、帝国軍最高司令官だ。



 普通ならば、一般人が会うことはできない人物のはずである。



 ヴィルヘルムは再びイノの方に向き直り、その手を伸ばす。



「軍人に一人一人要請するのは骨が折れることだろう。どうだ? 青年」



 だが、もし帝国軍の最高司令に話ができれば。


 テーリヒェンを失脚させることを承諾してくれれば。



 それは何よりも効果的で手っ取り早いことだろう。



 いわば、一撃必殺の方法だ。




 もはや、考える必要はない。



 イノはこの話に食いつくしかなかった。





「お願いします!」





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