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第62話 修練場

 ディルク・シャハナー少尉は修練場にいるという。



 本部内地図の通りに歩みを進めてみると、大きな建造物が見えてきた。


 円形で上部がドーム状になっている建物で、通気性をよくしているのか周りにはガラス窓がついていない。



 演習や訓練のためのより広い場所は本部の外に設けられているが、本部の中にもこのような修練場がいくつか用意されているらしい。




 耳を澄ましてみると、中から金属がぶつかる小気味よい音が聞こえてくる。



 どうやら、少尉は誰かと鍛錬しているようであった。




 イノは修練場の入り口から、気づかれないように中を覗く。



 中は吹き抜けで、大広間になっていた。



 灯りは少なく、外からの自然光によってのみ中が照らされている。


 壁には様々な武器や鎧がたてかけられており、そのどれもが傷だらけで使い込まれているのがイノから見ても分かった。



 その広間の中央では、二人の騎士がぶつかり合う。



 全身を硬い鎧で包んでいる両名は、凄まじい気迫で(しのぎ)を削る。


 顔面まで覆われているのでどっちが少尉なのか、そもそもここに少尉はいるのかはここからじゃ分からなかった。



 とりあえず確認してみよう。



 半ば突撃する気持ちで、イノは修練場内に入る。



「失礼します!」



 中に入って、イノは声を張った。


 彼らの集中しているゆえに、気づかれないかとも思ったが、二人が気づいてイノの方を向く。



「ディルク・シャハナー少尉はいらっしゃいますでしょうか」



 イノがそう声を掛けると、向かって右側の男がもう一方の相手に深く一礼する。


 そしてこちらに走り寄り、顔を覆っていた防具を取り払った。



「誰だ?」



 防具を取り払って出てきたのは、髪を短くまとめた青年。


 堀が深く、眉間に皺が寄っているその顔からは、厳格そうな印象を受けた。



 おそらく、彼がディルク・シャハナー少尉で間違いないのだろう。



 誰かと聞かれたので、イノは自分の名を名乗る。



「イノ・クルーゼ、特別魔法の魔法技師です」



「ああ、お前が————」



 名前を聞いた途端、シャハナー少尉は渋い顔をした。


 やはり、イノ達の前評判は決していいものではないようだ。



 会う前から印象は良くない。



 せめて、顔に出さないで欲しいものだったが、こういう反応をされるのは想定内だった。


 第一印象を、イノのプレゼンテーションで覆す必要がある。



「それで、私になんの用だ」



「この度は、少尉にお願いがあってきました」



 イノは足を揃えて、シャハナー少尉に向かって深く腰を折る。




「協力して欲しいのです。ライムント・テーリヒェン大佐の地位を落とすことに」




 深々と頭を下げる。


 テーリヒェンの名前を出すと、シャハナー少尉は怪訝な顔をした。



「奴はこの街の裏で、麻薬・違法武器の密売、人身売買などに手を貸しています。このまま奴を放っておいてもいいことはありません」



 イノは頭を下げたまま経緯を説明する。



 そして、懐に忍ばせておいた()()()()を再生した。


 テーリヒェンの生々しい発言の数々は、確かにシャハナー少尉の耳に届いたはずだ。



 しかし、少尉はいい表情をしなかった。



「急に押しかけて何を言い出すかと思えば……仮に、テーリヒェン大佐がそのような汚職に手を染めていたしても、私はその管轄では————」



「あなたは奴に恨みがあるはずです」



「……お前、なぜそれを?」



 イノは少尉の発言に被せるようにして、自分の手札を切る。



 皺の寄った眉間がピクッと動いた。


 シャハナー少尉にとって、あまり触れられたくない話題だったのかもしれない。



 だが、ここで止まるわけにはいかない。



「あなたの部下が昔、テーリヒェンによって殺された。そんな過去があるのを知っています」



 この情報も、アディから仕入れた情報だ。



 テーリヒェンにそんな過去があったとは知らなかった。


 まさか、エルステリア人のみならず、同胞までも手にかけていようとは。



 到底、許されることではない。



「あなたには、テーリヒェンを咎める動機がある」



 シャハナー少尉にとって、部下がどれほどの存在だったかは知らない。



 だが、彼にとって、テーリヒェンは憎むべき仇であるはずだ。


 今までずっと、その権力にひれふし、燻っていた怒りを、どこにも出せずにいたはずなのだ。




 イノは、ここぞというタイミングで畳みかける。




 今までは押しが弱かったのかもしれない。



 ここでもう一押しだ。




「この通りです!」




 イノは地に膝をつき、頭を地面につける。


 人生で二回目の土下座であった。



「奴を(おとしい)れれば莫大な資産と地位がもらえるはずです。あなたも帝国軍人なら欲しいでしょ! そして、部下の仇だって取れる! あなたには得しかないはずです!」



 イノは手を伸ばす。



 帝国士官なら欲しいはずだ。


 自分が成り上がるための力が、金が、権力が。



 帝国士官なんてどいつもこいつも同じだ。


 自分の都合のことばかり考えている。



 ならばこそ、これだけいい機会をぶら下げて食いつかないはずがない。



 今こそ復讐の時だと、今こそ部下の無念を晴らす時なのだと。


 奴の地位も財産も、根こそぎ奪い取って部下への手向けにしよう。



 豪華な墓でも、もう一度作り直せばいいじゃないか。



 イノは笑みを浮かべ、精一杯その手を伸ばした。




「お前……!」




 少尉はイノの手に自分の手を伸ばす。



 その手を掴む————かに思われたが、少尉はその先にあるイノの胸ぐらを掴み、一気に引き上げられた。


 そして、イノの顔面に拳が飛んでくる。



「がああっ!!」



 イノは衝撃のあまり、勢いよく後方に吹き飛ばされる。


 地面を転がって、仰向けの状態で止まった。



 何が起こったのかすぐには理解できなかった。


 ただ、左の頬が痛み、口の中で血の味がする。



 イノは体を起こして、シャハナー少尉の顔を見る。


 少尉は、鬼のような形相をしていた。




「……自分が何を言っているのか分からないのか!?」





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