第61話 次の候補者
「……くそ」
イノは帝国軍本部内を歩く。
認定魔法士であるイノは、本部の一部に出入りすることが許可されている。
背広さえ着ていれば一般人であるイノでも、帝国軍の中枢を闊歩することができるのだ。
世間一般では栄誉あることなのだろうが、イノの顔は険しかった。
なぜかといえば、ここまでなんの成果も得られなかったからだ。
アディから教えてもらった勢力図をもとに、これまで何人かの帝国士官、そして貴族に協力を要請した。
最初のシュリック准将から始まり、さまざまな階級の軍人と下級貴族。
イノが面会可能で、テーリヒェンと何らかの因縁がある人物をあたってきた。
テーリヒェンの汚職の決定的な証拠、このまま奴を野放しにしておくことのリスクを提示した。
何度も頭だって下げたのだ。
————にもかかわらず、誰一人して、イノの要請を受けるものはいなかった。
この際、今まで帝国軍人やら貴族にされてきた仕打ちを忘れるとしてもだ。
プライドをドブに捨てて軍人や貴族に頭を下げ続けているわけだが、ここまで自分の要求をコケにされると、不満と恨みが募る一方だった。
自分より地位の低い人間の言うことは聞く耳持たずか。
俺がこんなにも真剣に頼み込んでいるというのに……
イノの心がささくれ立つ。
いっそ何もかも投げ出せたら、どんなに楽だろうか。
だが、そんなことはできない。
イノは必ず、誰かしらの協力を得て帰らなければならないのだ。
そのためだったら、プライドなどいくらでも捨ててやる。
全てを切り捨ててやる。
今、イノにできることは、頼み続けることだけ。
アイナを救う道は、これしかないのだ。
「……」
しかし、頼りにできる人間も無限にいるわけではない。
帝国軍に属し、それなりの地位と権力を持っていて、かつ、テーリヒェンに対抗する動機を持ちうる人物。
アディにリストアップしてもらった名簿も後半戦になっていた。
とりあえず、次の候補はディルク・シャハナー少尉。
帝国軍人としての階級こそ低いが、テーリヒェンにひどい仕打ちをされた経験があるそうだ。
そこそこの家の出身でもあり、うまく取り入れば力になってくれるはず。
ぐだぐだしている暇はない。
いつ、アイナが正式に『エンゲルス』に任命されるか分からないのだ。
助力を求めるにも早い方がいい。
イノはディルク・シャハナー少尉の元に赴いた。




