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第59話 帝国士官には帝国士官を

 イノは店のドアを勢いよく開け、中に倒れ込むようにして入った。



「だああ……!」



 転がり込んだのは情報提供元、『アディ・シャミア』だ。



 倒れ込んだとは言ったものの、店が狭過ぎてイノが横になるスペースなどない。


 年季の入ったカウンターにもたれかかるくらいしかできなかった。



「いらっしゃい、注文は?」



 カウンターの反対側で、相変わらず仕事もせずに酒を飲んでいるのはアディだ。


 特徴的な白髪と褐色の肌に古ぼけたジャケット、最初にここに来た時と全く同じ格好をしていた。



 イノはカウンターに座り直して、アディに注文する。



「————水を頼む」



「じゃあ五百円だな」



「だから高いって……」



 ちょっとした軽口を挟みつつ、イノはカウンターで再び息を整える。


 あらかた落ち着いた後、アディに手に持っている魔石を提示した。



「証拠、押さえたぞ」



 やってやったぞという表情で、イノはアディに魔石を手渡した。


 アディは魔石を受け取り、魔石に魔力を注ぎ込む。



 魔石は基本的に魔力を送り込むことで動作を開始する。


 電球に電気を流せば、光を発するのと同じ仕組みだ。



 魔力に呼応してその魔石、周囲の音声を保存することのできる魔石が音声を再生する。


 そこには、酒場でのテーリヒェンの発言がまるまる入っていた。



 酒を飲みながらその音声を一通り聞き、アディは何度か頷いた。



「これなら不祥事(スキャンダル)の証拠としちゃ十分かもな」



「本当か!?」



 アディのお墨付きをもらい、イノは舞い上がる。



 テーリヒェンに正体がバレそうになって、窮地に立たされた。


 死ぬ思いをして、なんとか手に入れた証拠だ。



 これが使い物にならなかったらどうしようと不安に思っていたところだったが、この人が言うならきっと大丈夫なんだろう。



 アディが何者なのか詳しくは知らないのだが。



 それはともかくとして、イノは次に進める。



「あとはこの証拠を出版社とかに持ち込めば————」



 証拠を持ち込み、それを知らしめる。



 そうすれば、貴族として、帝国士官としての奴の立場を揺るがすことができる。


 どんな情報媒体でもいい、奴の汚職の情報を世にばら撒くんだ————




「それはやめたほうがいいぞ」




 だが、達成感と希望に満ち溢れていたイノに、アディが忠告する。


 思っても見ない言葉に、イノの頭が跳ね上がった。



「ど、どうして!?」



 なぜそんなことを言うのだ。


 テーリヒェンの汚職を掴み、その証拠を流布するように促したのはアディじゃないのか。



 アディはグラスを傾けながら続ける。



「『アルディア』の出版社はほとんど、旧体制派の貴族か『フラッド・カンパニー』の息がかかっている。坊主が情報をリークしたとしてもそれが公開されることはないし、むしろ国家への反逆と見做されるか、闇社会に目をつけられることになるだけだ」



 貴族達は自分たちの地位を守るためならなんだってする。


 イノはそんな彼女らの薄汚さを何度も見てきたのだった。



 そして、テーリヒェンの不祥事(スキャンダル)ということは、同時に『フラッド・カンパニー』という闇組織の汚行(おこう)でもある。


 闇組織は自分たちの活動を表沙汰にしない。



 よって、イノが持ち込んだ証拠が公開されることはない。



「そんな……」



 なら、どうすればいい。


 世間に知らしめる方法は他にあるのか?



 新聞、ラジオ、放送。


 いや、どれも『フラッド・カンパニー』の息がかかっていると考えるとだめだ。



 人伝(ひとづて)に噂として広めていくという方法もあるが、イノにそんな人脈はない。


 たとえ、人脈があったとしても、帝国民にとってそこまで爆発力のある話題でもないだろう。



 いくらテーリヒェンが汚職に手を染めていても、世間一般はそんなことに興味がない。



 どこかで消えるか、それこそ闇組織に揉み消されるかのどちらかだ。



「じゃあ、テーリヒェンを失墜させる方法はない……?」



 イノは唯一の頼みの綱が途切れたと思い、絶望する。



 なんのために苦労して証拠を掴んできたのか。


 前提が崩れてしまったら、テーリヒェンのこの不祥事(スキャンダル)もなんの意味もなくなる。



 一から考え直さなければならないのか……?



「そうでもない」



「そ、そうなのか!?」



 手のひらが回るように、アディの意見がころころ変わる。


 アディにからかわれているのかと一瞬思ったが、彼女は至って真剣であった。



「そいつに失墜してほしいと思う人間に協力を頼むべきだな」 



「……!」



 世間じゃなくても、テーリヒェンを(おとしい)れることができる人物は存在する。



 それは、同じ職の人間、テーリヒェンよりも上位の軍人だ。


 または、テーリヒェンに恨みを持っていたり、(しのぎ)を削っている軍人達だろう。



 そうか。



 目には目を、貴族には貴族を。


 帝国士官には帝国士官をだ。



 テーリヒェンはあのような性格だ。


 どこかで誰かの恨みを買っていてもおかしくない。



 それに、急激に勢力を増しているテーリヒェンは、かなりの財金を保有しているはずだ。



 金は力だ。


 奴の地位も含め、奴の莫大な財産を欲しいという人間もいるはずだ。



「アディ、教えてくれ」



 まだ終わってない。



 諦めるのは早すぎる。



 テーリヒェンを(おとしい)れるには、奴に恨みを持っている、奴の地位、財力を狙っている人物に協力を仰ぐことだ。


 そのためには、テーリヒェンに関係のある貴族、または帝国士官を調べなければならない。



 次に進むためにも、イノにはその情報が必要だった。




「テーリヒェン周りの権力争い。よく思っていない軍人達を」




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