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第58話 醜い老人

「ええい! 顔を見せろ! 名を名乗れ!」



 テーリヒェンは自分の頭に右手を伸ばす。



 そして、荒々しく帽子を掴み、それを引き剥がした————




「なんだ貴様は!」




 そこには、なんとも醜い顔をした老人がいた。



 頬はこけ、所々に大きな染みがついている。


 歯は何本か欠けてガタガタになっていて、目元は皺が多すぎてどこに目があるのかわからないという状態だ。



 老人はわなわなと唇を震わせながら、言葉を発する。



「うう……おやめください……わしはしがない家なしです……」



 老人は震えた声を出し、テーリヒェンに許しを乞う。



 スラム街というだけあって、住むところがない人間は珍しくない。


 格差が大きい帝国の闇の一部分だ。



 テーリヒェンはあまりにも醜い老人の姿に、顔を歪める。



「ふざけた真似を! ここで殺してやる!」



 さながら汚い虫を潰すかのように、テーリヒェンは平気で、目の前の汚い男を消そうとする。


 老人の襟元を掴み上げ、手を振り上げた。



「お客様」



 それを制止したのは、テーリヒェンの席の対面に座っていた謎の男だった。


 男はワインを一煽りしながら、テーリヒェンに忠告する。



「自分の立場をお考えくだせえ。ここで騒ぎを起こすのはまずい」



 テーリヒェンがあたりを見回してみると、店内の全ての人間がこの騒動に釘付けになっていた。



 こんなところで人殺しなんてことをしようものなら、騒ぎはより大きくなることだろう。


 今の奴の立場を考えれば、避けなければならないことだった。



 テーリヒェンは苦虫を潰したような顔をする。




「ぐぬぬ、もうよい! 今すぐわしの視界から消えろ!」




「ひえええ!」




 テーリヒェンの手から離れた老人は、その場から逃げ出した。



 獣のように地を()うような体勢で、脱兎の如く酒場を飛び出す。



 酒場の喧騒から解き放たれると、夜のスラム街は驚くほど静かだった。


 しんと静まり返った夜更けの街を、老人は息を切らして走る。



「はあ……はあ……」



 老人は疲れ果てたのか、膝をついてボロボロの建物の影に座り込んだ。


 少しの間、肩を上下させて息を整えようとする。



 そして、老人は自分のみずぼらしい顔に手を当てた。


 すると、その顔が仮面のように剥がれていく。




 その下からは、イノの顔が現れた。




「はあ……」




 最後に大きく息を一つ吐いて、イノは呼吸を平常のリズムに戻す。




 危なかった。




 事前に()()()()を施した仮面をつけておかなければ、いったいどうなっていたことやら。



 仮面の上に、魔素を人の顔の形に構成する魔法。



 顔の構造さえわかっていれば、誰のどんな顔でも模倣することができる。


 イノ自身、あまり得意な魔法ではなかったが、テーリヒェンは酔っ払っていたし、スラム街の人間の特徴を(はか)らずもつかんでいたから何とかなった。



 この魔法は、ワークスが得意だった。


 ワークスは仮面を使わず、自身の顔に魔素を構築させて変装できるため、誰にも見破ることができないくらい完璧な変装魔法ができたのだ。



 それでよく驚かされたのも、今となってはいい思い出である。



「……いずれにせよ、なんとかなった」



 とにかくだ。



 証拠を押さえることができた。


 これをなんらかの方法で世に広めれば、作戦を止められる。





 アイナを救える。



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