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第5話 魔法技師達

 ウォル・フォギア帝国、城塞都市『アルディア』


 帝国領土の中央北側にある『アルディア』は、帝国北側の全ての地方を管理する重要な都市であった。



 そして現在、『クーダルフ』との戦争の要となる拠点、帝国の最終防衛ラインである。




『アルディア』の北側、東側は敵軍が進行してきた時のための巨大な防壁がある。



 対して南側には巨大な森があり、西側は陸ではなく海となっている。



 南側、西側に防衛機能はあまりなく、『プライオル海洋』に沿って工業が盛んであった。


 一応、海からの襲撃に備えて軍事基地があるが、帝国の歴史上、大海から攻められたことは一度もないため、今のところお飾り状態となっている。



 最も多いのは工場。海岸沿いには軍需産業地帯が発達していた。



 その一区画、工場群の中でも内陸側に位置するのがイノ達の工廠(こうしょう)だ。


 戦略魔導兵器を開発する重要な拠点である。



 木を隠すなら森、工廠を隠すなら工業地帯というように、特別作戦用の魔石を作る拠点は、簡単には見つからないようになっていた。


 今はそんなイノ達の仕事場に帰ろうと、複雑な道を歩いている途中である。



「アイナ、工廠にはみんな来てるのか?」



「うん、セシリアもオスカーさんもいるよ」



 イノの隣を歩く少女は、着ている作業服を両手でさすりながらそう答える。



 ここは海風がまだ届く場所だ。


 季節もまだ暖かいわけじゃ無いので、風が冷たく、少し肌寒い。



「みんな、イノのこと気にしてたよ。まだサボってるのかって」



「難客の相手をしてたんだ、昼休憩くらい許してくれてもいいじゃないか」



 その上、帰り道の途中でボコボコにされたんだ。


 普通だったら早退して寝込んでもいいくらいである。



 ちょっとした軽口を叩くイノの様子を見て、その少女は表情が和らぐ。


 いつも通りのイノの様子に安心したのだろうか。




 彼女の名前はアイナ・パップロード。



 彼女も魔法技師だ。



 イノ達は日々の魔法技術の開発のために、チームを編成していた。


 アイナはそのメンバーの一人である。



 歳はイノよりも三つほど下だ。


 体つきはイノより一回り小さく、彼女自身の気も小さい。



 作業服のチャックを一番上まで閉じて口元を隠していた。



「俺がいない間、何か変わったことはなかったか?」



「うん……別に」



「そっか」



 アイナの口数は基本的に少ない。


 二人で喋っている時は大体こんな感じだ。



 話していても、なかなか目線を合わせようとしないのもいつも通りだった。


 だが、彼女の見た目にいつもと違うところがあるのに、イノは気がついた。



「アイナ、お前その頭どうしたんだ?」



「え?んっ……」



 イノはアイナの髪に触れ、掻き上げる。


 アイナはビクッとなったが、イノの行動に対し抵抗しなかった。



 彼女の頭部にはよく見ると、たんこぶができていた。


 つい最近できたものだろう。



「どうしたんだ、これ」



 イノに質問されたアイナは、暗い表情をする。



「……工廠に来る途中で、『ダンテ』の子供達に投げつけられたの。お前は人を爆弾にする悪魔なんだろって」



 そばかすのついている顔の目元には涙の跡があった。


 ひやかしなのか、それとも憎しみかなにかの悪感情があったのかどうかはわからないが、子供達の心ない言動にアイナは傷ついていた。



 まったく……



 こいつのことだからきっと抵抗しなかったのだろう。



「道を歩く時は気をつけろって何度も言ってるだろう。お前は特に、何があるか分からないんだから」



「イ、イノには言われたくないよ!その怪我……」



 アイナはイノの手を振り払う。



 説教しているつもりが、反論されてしまった。


 言われてみれば、イノも道中で襲撃に遭っているわけだから、人のことを言えたものではない。



「……それ、冷やしとけよ」



 なんだか気まずくなって、仕事場の方に足を向ける。


 アイナは黙ってイノの後を追う。


 イノよりも小さい歩幅で、イノの歩みに頑張ってついて行こうとしていた。



 後ろを必死について歩く姿は昔から変わらない。




 帝国に来る前から、変わらなかった。




 イノ達は、やがて自分達が働く工廠に辿り着く。



 工廠の入り口には、『ベックス工廠』と大きく書かれていた。


 門を通って中に入ってみると、年季の入った三階建ての大きな建物が見える。



 屋根はトルコ石のような明るい青緑色、赤レンガの壁には均一に窓が並んでおり、建物の中央には大きな時計塔がそびえ立っていた。




 ここは元々、学校だったと言われている。



 開戦により帝国の教育機関は、一部が軍人を育成するための兵学校となり、それ以外は兵器開発の拠点として使われることになった。



 イノ達の作業場は、一階の一番奥の部屋だ。


 建物の正面玄関を通って、中に入る。




 建物内の喧騒が一瞬止んだ。


 そして、イノ達に嫌な視線が向けられ、ひそひそとした会話があちこちで聞こえる。



 いつもの事だ。



 戦略魔導兵器は秘密裏に開発していることになってはいるが、それでも隣人にはなんとなく仕事の内容が伝わるものだ。



 工廠内でイノ達は、変人、厄介者というイメージが定着していた。



 誰だって、()()()()()()()()()を作っていると言われれば、悪趣味だと思うだろう。


 作っているものの残虐さ、術士を手にかけているという事実によって、イノ達はこの工廠内で敬遠されていた。



 イノとアイナは目を伏せながら廊下を通り抜ける。


 足早に工廠の廊下を通り、イノ達は自分たちが作業を行っている場所にたどり着いた。



『ベックス工廠』、第七兵器開発部。


 通称、『第七班』



 そこは教室だ。



 教室を魔法開発の作業場として使っている。



 正面には黒板、教壇といった教室らしいオブジェクトもあるが、それ以外は魔法関連の道具、機械といった勉学とは程遠い代物が、足の踏み場もないほど散らかっている。


 ところどころヒビの入った壁には、本棚が並べられており、魔法の様々な技術書が格納されていた。



 勉強机を七つほど並べた台の上に、魔法の開発で使用する制御装置や生成・加工魔法装置などの大型機械が、でんと乗っかっている。


 それが、教室内に四箇所、各技師ごとに割り当てられていた。



 イノ達が部屋に入ると、一番手前の席に座っていた、作業服姿の男が顔を上げる。



「おやおや、夫婦仲良くご帰宅ですか?」



「口を開くな、メガネ野郎」



「帰ってきていきなり罵倒!?」



 その男はガーンと効果音が出るような顔をする。



 イノとアイナの会話は夫婦というよりも親子だ。


 本物の夫婦を知っているイノは、確信を持ってそう言える。



 アイナが耳を真っ赤にしていることには、イノは気づかなかった。



「おかえりなさい、リーダー」



「ああ、ただいまオスカー」



 それで、このメガネ野郎は、オスカー・シャウマン。


 高身長で四角い眼鏡がトレードマークの彼も、イノのチームの一員だ。



「午前中、どうでしたか?」



「あー、お客様はお気に召さなかったみたいだな」



「ふふ、この僕の魔法技術の輝きが分からないとは、残念な人達ですね……」



「あーはいはい、ちょっと黙っててね」



 よく分からない調子の乗り方をしているオスカーには、適当に返事をしておいた。



 イノは接客用に着ていた黒い背広と白いシャツを脱ぐ。


 すると、その下から薄鈍色の作業服が現れた。



「いやどんな着こなしですか」



 オスカーが突っ込みを入れる。



「え?だっていちいち作業服脱いで着てってするの面倒くさいじゃん」



「いや、だからって……」



「ごわごわするよ~」



 ドン引きする二人に対して、何食わぬ顔をして着替えを済ませる。



 これの欠点は暑いことくらいだ。


 汗だくになるのもしょうがない。



「全く……最近の若者はこんなのが流行ってるんですか?僕には分からないですね」



「こ、こんなことするのはイノだけだよ!」



 アイナはオスカーに必死に弁明する。



 オスカーはこう見えて、イノ達よりも年齢が上である。


 なのになぜか、誰に対しても敬語を使う変なやつだった。



 魔法技術に対する知識は豊富で、チームのナンバー2である。



 イノは教室を見回し、もう一人いるはずのメンバーがここにはいないことに気づく。



「オスカー、セシリアはいるのか?」



「ああ、奥にいますよ」



 今朝からずっとあっちにいるんですよねぇ、と言って、オスカーは奥の作業場を指さす。



 室内でもできる小さな作業はこの教室を使うが、大型機械の開発は別室を使う。


 朝から籠っているということはよっぽど夢中になっているのか。



 それとも――——



 イノは様子を見にいくことにし、作業場につながる扉を開けた。





 作業場は油の匂いが漂っていた。



 薄暗い室内には、開発に必要な機械や装置、床には何かしらの工具が足の踏み場もないほど散らかっている。


 外とつながるシャッターは開かれており、そこから入る日光が、今の作業場の唯一の光源だった。



 電気をつけろよ、と何度も言っているのだがいつもこうである。



 イノは目的の人物を探してみると、すぐに見つけることができた。


 シャッターの前に一台の車がある。



 その車の下に、一人の女性が上半身を突っ込んで、何かしていた。


 帝国の淑女とは思えない格好だ。



 イノはその女性のそばでしゃがみ、彼女に声を掛ける。



「セシリア」



「あ、おっすリーダー」



 イノが名前を呼ぶと、セシリアは声だけで返事をする。


 彼女の声は車の下から発せられたものなので、少しだけくぐもって聞こえた。



「お前、また車の改造なんてしてるのか」



「これだけはやめられないんよ。帝国の軍事車両のエンジンってのはなかなかの暴れ馬なんだけど、そこがかわいいんだよねぇ」



 そんなもん勝手にいじってていいのか?


 ピーキーに改造しすぎたら、作戦行動ができんだろ。



 作業が一区切りついたのか、彼女は車の下に埋まっていた上半身を抜き、体を起こす。



 セシリアは男勝りな性格に似合わず、女としてのスタイルは抜群だった。



 肌着のように薄くて白い服に、胸の部分だけ黒いシミがついていた。


 車の下が狭かったのか、底の部分に押し付けられてついたものだろう。



 彼女のなんともあられもない姿に、イノは呆れて頭を抱えた。



「ん?どしたの?その怪我」



 セシリアがイノの顔の痣や貼られた綿紗(ガーゼ)に気づく。



「別に、なんでもない」



 イノは顔を背けて誤魔化した。


 ふーん、と気のない相槌をするセシリアに対し、イノも質問する。



「お前こそ、何かあったのか?」



「え?」



「お前がここに籠って朝からずっと作業している時は、決まっていつも嫌なことを紛らわそうとしている」



「うーん……」



 セシリアはばつの悪い表情をする。



 どうやら当たっているらしい。


 すると、彼女は車の前方に乗せてあったものを手に取り、イノの元まで持ってきた。



「イノ、これ」



 セシリアは赤い腕章をイノに手渡した。


 それは、『エンゲルス』の隊長である証であった。



「今朝早くに、『ヴァルキリー』から帰ってきた帝国の士官が来たの。部隊の降下地点に残っていたものらしくてね……ほら、裏にイノの名前があったからあんたに……」



「……」



 確かに、その腕章の裏には『イノ・クルーゼに幸せを』という文字が刻まれていた。




 ……そういうことか。



 これだけが戻ってきたということは、あの子は立派に任務を成功させたようだった。



 出立の時に、何か言おうとして、結局何も言えなかった。



 その時、あの子は優しく微笑んでいたんだっけ。


 イノは何も言わず、黙ってその腕章を見つめる。



「……なんだか考えちゃって。また、あたしたちが作ったもので人が――——」



「やめな」



 イノはセシリアが言おうとしていることを途中で止めた。


 それ以上、考えてしまっては、イノ達は前に進めなくなる。



 セシリアもそれ以上何かを言う様子はなかった。




「仕事、再開するぞ」




 イノは腕章を懐にしまう。


 時刻は午後一時を回ったところだ。午後もやらなければならない作業が色々とある。



 イノはセシリアに背を向け、教室の方に向かった。



「このまま、ずっと車いじってるだけがいいんだけどな……」



 セシリアは自分の手のひらをじっと見つめる。



 その手には、車のオイルの汚れしかついていない。




「……わがまま言うな」




 イノ達の仕事は、魔導兵器を作ること。





 人を爆弾にする仕事だった。




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― 新着の感想 ―
[一言] 戦争中、大抵の国は軍人、工員などの人は尊敬されるものだけど、、、
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