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第53話 天秤

「アイナが、俺の仲間が自爆魔法士にさせられそうなんだ」



 イノはラルフに相談事を持ちかける。


 対面に座ってイノの話を聞いていたラルフは、思いの外無反応だった。



 防音室であるこの部屋は、イノとラルフしかいないこともあって静かな空気に満ちている。


 ラルフは親指でタバコをピンと弾いて、灰を落とした。



「————させられそうって言うことは、まだ決定してないってことだな」



 ラルフはイノの言葉の意味を確認する。


 イノは前のめりになってそれを肯定した。



「そうだ。だから、取り返しのつかないことになる前にそれをなかったことにしたい」



「ふーん」



 ラルフは気のない返事をする。



 軽くあしらわれているようで少しイライラした。


 人がこんなに必死に話をしているというのに……



「それで、何を俺に聞きたいんだ」



 ラルフはまた一本のタバコを吸いきり、箱からもう一本取り出す。


 どうやら、話を聞く気はあるみたいだった。



 姿勢を正して、ラルフと向かい合う。




「知恵を貸してくれ」




 イノはラルフに頼み込むしかなかった。



 帝国軍の内情は、帝国軍に所属している者にしか分からない。


 イノは軍人ではないため、『エンゲルス』の編成に関して具体的に何が行われているかを知る術がないのだ。



 だからこそイノの知り合いで帝国軍に在籍している中尉であり、良くも悪くも頭が回るラルフに助言を求めた。




 記録室に、再び静寂が走る。



 ラルフはしばし考え込み、取り出した新しいタバコに火を付けた。



「別に知恵がほしいんなら貸してやる。お前とは付き合いが長いからな。なにか見返りを求めたりもしねえよ」



 意外にも、好意的な答えが返ってきた。


 てっきり意地の悪いことを言われるのだろうと思っていたのだが。



 驚きの表情を隠せないイノを見つつ、ラルフはタバコを吸う。




「だが、いいのか?」




 そこでラルフがイノに問いかける。



 口にタバコを(くわ)えたまま、栗色の瞳がイノを見ていた。



 初めてラルフと目があった気がした。



「お前は言ってたな。今の帝国のバランスを保ち続けるのが使命だって」



 ラルフはタバコを深く吸い込んで、言葉を続ける。


 帝国軍とエルステリア人の今の残酷な現実を、その均衡を守り続けることがイノの使命だ。



 何があろうと、それだけは変わらない。



 しかし、その信念こそが、イノの迷いであった。



「今まで自分にそう言い聞かせて、数々の罪もないエルステリア人を見殺しにしてきた。そんなお前が、ただ自分と仲が良いってだけでその女を助けようとしてる。今までの奴らにはそんだけ必死にならなかったお前がだ」



 ラルフの言葉を聞き、イノは表情を歪める。



 それはとてつもなく痛い言葉だった。


 胸を(えぐ)るような、気を抜けば瞬く間に足が挫けそうなほど、ラルフの言葉はイノの胸に刺さった。



 彼の言っていることは正しい。



 俺は、アイナを贔屓(ひいき)しようとしているのだ。



 今までの『エンゲルス』の人達には、手を差し伸べようとしなかった。


 尊敬していたクルトでさえ、結局は助けようとしなかった。



 散っていった彼らのことを考えれば、魔導兵器の魔法技師としての責務を果たすのが最優先なのだろう。




 だが————




「だが……アイナは————」




「はん、なるほど、見ず知らずのエルステリア人よりも自分の女ってわけか?」




 イノは机を両手で強く叩いて立ち上がる。



 それだけは聞き捨てならなかった。


 大きく木製の机が揺れたが、防音室による吸音により、音は響かない。



 それに対して、ラルフもイノと目を逸らさないまま立ち上がった。



 イノは精一杯、ラルフを睨みつける。



 しかし、ラルフの表情は全く変わらない。




「違うか?」




「……」




 イノはそれ以上言葉が続かない。



 否定することも、弁明することもできなかった。


 イノはラルフから目を逸らし、俯いたまま椅子に座る。




「……ああ、そうだよ」




 認めざるを得なかった。


 俺は何をおいても、アイナに死んで欲しくないのである。



 これは俺のエゴだ。



 理屈じゃない。



 信念がどうとか、使命がどうとか、今考えるのはそこじゃない。



 アイナを助けられるか。俺は何ができるかだ。



「俺は、俺に守れるものを全力で守る、どんなことをしてでもだ」



 イノはラルフに言い放った。


 これは今までの自分との決別の言葉であり、残酷な現実に対する宣戦布告でもあった。




 絶対に、仲間を守る。



 家族を、自身の大切な人を守ってみせる。



 イノの固い決意であった。



 ラルフはイノのそんな姿を見て、笑みを浮かべる。


 手に持っていたタバコの火をぐりぐりと消した。




「お前のそういう愚直なところ、嫌いじゃねえぜ」



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