第50話 憤り
セシリアが荒々しく、教室の扉を開ける。
それに続いて、イノとアイナも第七兵器開発部の事務室に入った。
教室の椅子や机は、今朝慌てて教室を出た様子が如実に現れており、ひどく散らかっていた。
イノ達が教室に入ると、既にそこで作業をしていたオスカーが駆け寄る。
「な、何があったんですか!?」
オスカーが慌てるのも無理ないだろう。
全員、尋常じゃないくらい暗い顔をしていた。
アイナはずっと顔を手で抑えて泣いており、セシリアもずっと怖い表情のままで落ち着かない様子だった。
オスカーは自分の座席にかけてあった毛布を、嗚咽を漏らしているアイナにかけてあげる。
「セシリア」
イノは低く、真剣な声でセシリアの名を呼ぶ。
教室内をうろうろしていたセシリアは、イノの声でぴたりとその動きを止める。
「昨晩に何があったのかを、正確に、包み隠さず俺とオスカーに説明しろ」
イノはセシリアに状況の説明を求めた。
憲兵に一方的にアイナの罪状を述べられただけであり、結局どういう経緯で何があったのかを全く把握できていない。
まずは、そこをはっきりさせるべきだ。
イノの要求に、セシリアは俯き加減で頷いた。
「……うん」
セシリアは一旦落ち着き、近くの席に座る。
そして、昨晩あったことを説明した。
ちょっと遅い時間、いつも通りに工廠を後にしたときに、柄の悪い男達に襲われた。
最初は無視しようとしたが、男達がしつこく付き纏ってきたので強く突き放そうとした。
それが奴らの反感を買ってしまい、暴力を振るってきた。
なんとか、抵抗しようとしたが敵わず、セシリアは捕まってしまった。
アイナは、そんな私を助けるために、魔法を発動したんだという。
「……」
セシリアがここで、イノ達に嘘を言う理由はない。
これが、セシリアから見た紛れもない事実なんだろう。
聞いている限りは正当防衛だ。
一番の問題なのは、相手が貴族であるということ。
イノは唇を噛んだ。
「やっぱり納得できない!」
セシリアが勢いよく椅子から立ち上がる。
鼻息を荒くしながら、セシリアはがさがさと自分の席周りのガラクタを漁り出す。
そして、何かの機械の部品か、一メートルほどの金属棒を取り出した。
「セシリア座れ」
イノが指示するが、セシリアはそれを無視した。
セシリアは鉄の棒を持ったまま、バタバタと早歩きで教室の出口に向かう。
「座れ!」
声を張って制止を促すが、セシリアは止まらない。
今の彼女は完全に頭に血がのぼっていた。
イノは立ち上がって教室の出口の方に向かい、セシリアの前に立ちはだかる。
「どいて、イノ」
「何をするつもりだ」
イノはセシリアを問い詰める。
彼女は目を合わさず、俯いたまま低い声でイノに答えた。
「あいつをぶん殴って、訂正してさせてやる。一回で聞かないようなら、はいというまで殴り続けて————」
「セシリア!」
イノは思い切り、出入り口のドアを叩いた。
大きな音を立てて、教室の扉が揺れる。
「セシリア落ち着け。これ以上立場を悪くするな」
「でもイノ! このままじゃアイナが————」
「分かってる!」
イノも感情をあらわにしていた。
セシリアがそうしたい気持ちは分かる。
イノだって今すぐテーリヒェンの部屋に戻り、何がなんでも抗議したいところだった。
だが、それはイノの強い理性が許さない。
「でも今は……頼む」
苦々しい表情を浮かべながら、イノはセシリアに頼み込む。
今、イノ達が色々と足掻いたところで、状況は絶対に変わらない。
荒ぶる感情をどうにかして押さえ込み、冷静に考える時間が必要なんだ。
セシリアはそんなイノの姿を見て、手に持っていた鉄の棒を落とした。
イノは大声を出して荒くなった呼吸を整え、目を瞑る。
「今日は、もう帰ろう。セシリアは、アイナを送っていってくれないか」
こんな状態で仕事なんてできるはずもない。
とりあえず今日は、もう何もしたくない。
「しかし、リーダー、それじゃ業務に遅れが————」
「いくらでも言い訳はできる。だから今は……ひとりにしてくれ」
魔法技師に空きが出るのだ。
業務に支障が出るという理由で、休む理由なんていくらでも出てくる。
そんな、小賢しい考えが浮かぶ自分に、いい加減嫌になる。
セシリアはイノの指示を受け入れ、アイナの肩を支えながら教室を出ていく。
オスカーも何か言いたげだったが、何も言わずに教室の扉を閉めていった。
まだ高くない太陽、影の多い教室には項垂れたイノだけが取り残されていた。