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第47話 早朝の呼出

 イノは早足で、中央街『レグルス』を歩く。



 時刻は午前六時三十分。



 白色の夜明けが帝国の上空の闇を溶かし、潮が広がるように青色が染まり始める。


 早朝の帝国は店の準備や仕入れ、仕事に行くための支度などで騒々しい空気になっていた。


 そんな帝国の中央街を、脇目も振らずにも黙々と進んでいく。



 こんなに急いでいる理由は、今朝早く、軍本部から呼び出しがかかったからである。



 呼び出したのは、テーリヒェン大佐だ。


 こう言ったような呼び出し自体は珍しくない。



 不自然なのはタイミングである。



 特別作戦が行われてからまだ日が浅い。


 次の特別作戦まではまだ数ヶ月単位で猶予があるはずなのだ。



 魔石開発の現状報告のために、定期的にテーリヒェンに呼び出されるのだが、その日程よりもずいぶん早い呼び出しだった。



 つまり、魔石関連の呼び出しではない可能性が高い。




 正直、嫌な予感がする。




 テーリヒェンは予測のつかない男だ。


 一体、何を言われるのか分からない。



 どう考えても、イノが得するような話とは考えられなかった。



 それに今朝、工廠にいった時にいつも先にいるはずのアイナとセシリアがいなかった。


 今回の呼び出しと何か関係があるのだろうか……



 いや、それは考えすぎだろう。


 何でも悪い方向に考えてしまうのは良くない。



 そう考えつつも、イノは焦燥感に駆られて足の回転が速くなっていた。





 程なくして、帝国軍本部にたどり着く。




 帝国軍本部は、『アルディア』の中心に位置する巨大な城だ。



 周辺の(つつ)ましい帝国民の住宅を圧倒する存在感を示している。


 深い堀に囲まれたその巨城には、たくさんの塔やいくつかの館がそびえ、見事な防衛が施されていた。



 例え、魔族の軍勢が押し寄せ、包囲の苦しみが三十年に渡ろうとも、重要な機密や要人を敵に差し出すことはないだろう。



 パンの一切れすらも漏らさないほど、堅牢な作りとなっていた。



 テーリヒェンの部屋はその本部中央、参謀本部の二階の一室だ。



 イノは通り過ぎる軍人達に会釈をしながら、目的地を目指す。


 そして、イノはテーリヒェンの部屋に到着した。



 少し乱れた呼吸を整えて、イノは扉をノックしようとする。


 だが、扉の奥から、既に怒鳴り声が聞こえてきていた。



 これでは、ノックしても気づかない。



 イノは小さく深呼吸をし、意を決して、部屋の中に入る。




 そこで、イノの目に飛び込んできたのは、アイナが宙を飛んでいる光景だった。




 アイナがテーリヒェンに殴り飛ばされていたのである。



 決して体が丈夫ではないアイナは、小さく悲鳴をあげて、後ろに吹き飛ばされた。


 そして、アイナは体を地面に叩きつけられ、左の頬を抱えてうずくまる。



 イノは状況を飲み込むまでに、数秒費やした。


 そして、アイナが殴られたことを認識したイノは、すぐに反応する。




「アイナ!?」




 状況を把握したイノは、急いで倒れ込むアイナの元に駆け寄る。



 アイナの頬は大の男に殴られたことによって赤く腫れており、苦痛に顔を歪めていた。


 何が起こったのかを認識はできたものの、なぜアイナがこんな仕打ちを受けるのかは全く分からなかった。



「ちょっと! アイナに何してんだ!!」



 セシリアの大声で、イノは反射的に顔を上げる。


 そこには、二人の兵士達によって拘束されたセシリアがいた。



 イノは気持ちをなんとか落ち着かせながら辺りを見回す。


 部屋には、西洋式の甲冑やら象牙やら鹿の剥製やらが飾られ、趣味の悪さをこれでもかと誇示している。



 中には、アイナとセシリア、セシリアを拘束している兵士二人、テーリヒェン、そして帝国軍憲兵と思わしき人物がいた。



「これはどういうことですか!?」



 イノも自然と声が荒くなっている。


 自分の手を手ぬぐいで拭っているテーリヒェンは、鼻を鳴らしながら答えた。



「ふん、大罪人に罰を与えたまでよ」



「大罪人!? 何があったと言うのですか!?」



 イノは重ねて問う。


 一夜にして、大罪人と呼ばれるようなことをアイナがするはずもない。



 どうしてこのようなことになったのか。



 テーリヒェンは説明してやれと言ったように、側にいる憲兵に顎で指示する。


 憲兵は咳払いをした後、説明を始めた。



「昨晩、アイナ・パップロート氏が『ベックス工廠』前で、違法行為を行いました」



 憲兵は懐から一枚の紙切れを取り出し、それをイノに提示する。



 それは、国内で行われた犯罪行為の通達書のようであった。



「危険魔法の行使……」



「危険度Bの光属性魔法を帝国民に対して行使したのです」



 イノは書類の内容と、憲兵の発言に目を見開く。



 そんなバカな。いったい何があったんだ。



 昨日、アイナとセシリアの二人が夜遅くまで残っていたのはイノも知っている。


 その時には、二人がそんな違法行為をしでかすような予兆は欠片(かけら)もなかった。



「これにより、帝国議会十八族の一つである名門、『ランサム』家の御曹司、ジュード・フォン・ランサム侯が重傷を負いました」



「ふざけんな!」



 セシリアが声を荒げる。


 兵士達の拘束を取り払おうともがきながら、セシリアは憲兵に噛み付く。



「元はと言えばそいつから仕掛けてきたんだ! 私達は襲われたんだぞ! 正当防衛だろ!」



 セシリアは、アイナの無実を主張していた。


 それに対して反論したのが、いかにも不愉快だと言わんばかりの表情をしているテーリヒェンだ。



「嘘をつくな! ランサム侯の御曹司はお前らに一方的にやられたと言っていたぞ!」



「はあ!? それが嘘だろうが!」



 唾を吐き散らかすテーリヒェンにセシリアが抗議し、口論に発展した。



 ピリピリとした、肌に突き刺すような空気感が部屋の中に渦巻く。



 アイナは恐怖からか、耳を塞いでその場にうずくまっていた。



 イノは黙って、一旦様子を見る。




「静粛に!」




 憲兵が声を張って、二人の口論を止めさせる。



「それに至る経緯はこの際どうでもいい。真偽など、その場を誰かが見ていない限り分からない」



 真偽が曖昧な押し問答をする必要はないと。


 憲兵は地面に座り込んでいるアイナの方を向き、彼女に指を差した。



「パップロート氏が使用許可が降りていない場所で帝国民に対し攻撃魔法を行った、これが紛れもない事実となります」



 イノは隣にいるアイナ、その横に拘束されているセシリアを見た。


 二人とも憲兵の言葉を否定することはなく、(うつむ)いて暗い顔をするだけだった。



 それは、憲兵の言っていることが、紛れもない事実であるということを表していた。



「……それで、罪状は?」



 イノは冷静に憲兵に問う。


 とても信じられないが、アイナが魔法を行使してしまったのは本当のようだった。



 問題は、どれだけの罪が彼女に課せられるのか、というところにある。



「ふむ、軍法会議に問い合わせてみなければ分かりません」



 憲兵は、通達書を眺めながら、思案する。




「危険度Bの魔法行使、帝国の重要人物に対する傷害という事実を考えますと————」




「死罪だな。間違いなく」




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