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第41話 人を爆弾にする魔法技師

 ブツッという音を最後に通信が途絶する。


 受信機からはもう、ノイズ音しか聞こえてこなかった。



 そして、次の瞬間。



「……!」



 突如、地響きが起こる。



 それは、特に身の安全を気にする必要もない緩やかなものだったが、確かな揺れを感じられた。


 振動を感じたイノは立ち上がり、弾かれたようにその場を飛び出す。



「イノ!?」



 後ろでルビアの声が聞こえるが、無視する。


 イノはそのまま螺旋階段を駆け上り、監視塔の扉を開け外に出た。



 乱れた息を整えつつ、イノは空を見上げる。


 ルビアが慌てて追いかけてきたのか、扉を勢いよく開けて出てきた。



 そして、イノの目線の先を追うと————




「あ、あれは……!?」




 そこには眩い光の柱が、地上から天空を突き刺していた。



 赤白い光の束が、雲を割って遥か上空に昇っていく。



 天使が天に送還される、そんな神話の一部のような光景がそこにあった。




 作戦が行われている場所は、ここから数千キロメートルほど離れている。


 それでもこれほどの太さの魔法の光が見えるということは、この魔導兵器の規模がとてつもないくらい大きいことを如実に表していた。




「『ライト・ピラー』、クルトさん達の魔法だよ」




 戦略魔導兵器、『ライト・ピラー』



 エルステリアの魔法士七人によって発動される光属性魔法である。



 光属性魔法を得意とするエルステリア人の魔力を複合することで、高出力の魔法を生み出し、それを特殊な術式によって魔力を循環、増幅させることにより、通常の魔法の何十倍もの威力を誇る。


 神の領域とも言えるその魔法の威力は、おおよそ五万もの数の魔族達を一掃することができる。



 魔族を滅するためだけに作られたこの戦略兵器を持ってすれば、魔族が闇魔法によって無尽蔵に生み出されたとしても、その兵力をすぐに再生することはできない。



 帝国は戦線を押し上げ、領土を奪還することに成功していた。



「クルトさん……最後まであなたは立派でした」



 イノは両手の指を組んで、天に祈りを捧げる。



 クルトさんの勇姿を最期まで見届けた。


 最期まで、徳のある彼らしい生き様だったと思う。



 イノは数秒間、天に昇ったクルトに祈りを捧げた後、身を翻し、『レグルス』に帰ろうとした。




「……イノ!!」




 だが、それをルビアが呼び止めた。


 イノはルビアの方を振り返らずに、その場に立ち止まる。



「どうしてあなたは! こんな現実に耐えられるの!?」



 声を聞くだけで、彼女が泣いているのが分かった。


 ルビアは声を枯らしながら、イノに問いかける。



「この作戦で散っていた人に誰よりも寄り添って、誰よりもその苦痛を知っているのに! どうしてこの魔法を作り続けることができるの!?」



 ゆっくりと後ろを振り向くと、ルビアは目を赤くして、肩を上下させていた。



 この数週間の間、ルビアは何度も心を痛めたのであろう。


 だが、イノはそれをこれまでに何度も経験し、それでも隊員達に寄り添い、魔法を作り続けてきた。



 相反する希望と現実を、どうしてイノは享受し続けられるのだろうか。



 その問いに、イノは淀みなく答えることができる。




「俺は託されたんだ。クルトさん達に」




 イノは目を瞑る。



 クルトが輸送機の中で言っていた言葉を思い出した。



 受信機から聞こえてきた、クルトの決意。


 それを聞けば、イノがやるべきことはもう決まっているのである。



「クルトさんも言っていただろう。俺達が戦っているのは敵魔族軍じゃない」



 俺達が戦っているのは、この国とエルステリア人の非情な運命だ。



 エルステリア人とクーダルフ人、それぞれの種族魔法の属性相性、『ウォル・フォギア帝国』と『サン・ミッセル王国』の力関係。


 そして、二カ国間の同盟によるエルステリア人の徴兵。



 様々なファクターが重なり合って、今のこの状況が生まれている。



「今、このパワーバランスに落ち着いていることが奇跡なんだ。俺達は今のこの状況をなんとしてでも維持しなければならない」



 クルトが言っていた通り、この状況が少しでも崩れてしまえば、そこから(ほころ)びが生まれる。


 エルステリア人が反旗を翻して、特別作戦ができなくなってしまえば、魔族による侵攻を止められなくなる。



「クルトさん達が信じて託してくれた、大事な人達の命を必ず守らなければいけないんだ」



 クルトはイノに、ウラとそのお腹の中にいる自身の子供を託した。



 イノの最大の使命は、この二人を何に代えても守るということ。



 この使命すら守れないのならば、イノは生きている価値もない、ただのクズだ。


 だからこそ、イノは魔法を作り続け、この魔法が敵魔族軍に非常に有効だということを、示し続けていかなければならないのだ。



 イノの固い決意を見せつけられてもなお、ルビアは苦しそうな顔をしながら反発した。



「だからって……そんなのは理屈だ。人間はそんな現実を受け入れる心を持っちゃいない」



 ルビアは一歩踏み出して、イノに訴えかける。




「イノにだって心があるだろう! どうしてそんな簡単に割り切れ————」



「簡単に割り切れるわけないだろ!?」




 イノは声を荒げて、ルビアの主張をぶった切った。



 普段は落ち着いているイノが感情を震わしている。



「今まで何人の隊員を見てきたと思っているんだ!? 涙を流す人、助けを求める人、クルトさんみたいに願いを未来に託す人、みんな死んでいったんだぞ!?」



 言葉を叩きつけるように、イノは捲し立てる。


 ルビアは感情をあらわにしたイノを前にし、両手で口を抑えて押し黙った。



「解決策だって模索した! あらゆる人に頼ったさ! それでもこの現実を覆すことなんてできなかったんだよ!」



 イノの叫びが、やるせないこの思いが、ルビアの心に刺さっていく。



 あまりのショックに、ルビアは大粒の涙を流し始めた。


 口を押さえる両手の隙間から、涙がこぼれ落ち、彼女の袖を濡らす。



 イノは大声を出して荒くなった呼吸を、一旦整える。



「人は、どこまでいっても人なんだ。俺は、俺のできることをするしかないんだ」



 今の俺にできることは、この現実を維持し続けること。



 死ぬまで、いや死んでからも。



 この戦争が終わりを迎え、平和が訪れるまで、俺はこの魔法を作り続けなければならなかった。



 イノの言葉を聞き、ルビアは顔を伏せる。



 もう、何も言うことはなかった。


 イノは再び、帰り道の方に振り返り、背中でルビアに呼びかける。



「……帰るぞ」



 ルビアはコクンと一回頷いて、イノの後についてきた。




 太陽は地平線にすっかり落ち、赤色だった空が、徐々に金色と藍色の階調に変わっていく。



 黄金の地平線と反対側の薄明の空には、ぽつぽつと星が見え始めていた。



 黄昏の中、赤白い光の柱は、瞬く間に細くなっていく。



 最後には細糸が切れるかの如く、空に消えていった。



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