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第40話 人は、どこまでいっても人だ

「目標地点に到達。これより、特別作戦『オーディン』を開始する。降下三十秒前」



 機内にアナウンスが流れ、輸送機が緩やかに停止するのを感じる。



 『エンゲルス』降下までのカウントダウンが始まった。



 これは、クルト達の死への秒読みでもある。


 なんて、少し気取った考えをしてみたところで、心の奥底にある恐怖が薄れることはなかった。



 このカウントダウンからは、もう逃げることができないのだ。



「……よし、やるぞ!」



 クルトは部隊員に声をかけ、輸送機の中心、部隊が降下する射出口に集合する。


 七人は機内の中でお互いに向き合い、魔法行使のための円を作った。



 そしてクルトは、懐から黒いケースを取り出す。


 クルトが封印解除の呪文を唱えると、ケースがボロボロと崩れ始めた。



 イノ達が開発した真っ赤な魔石が姿を現す。



 魔法は既に発動していると言ってもいい。


 『エンゲルス』の七人が円状に、浮遊する魔石を囲む。



 魔力の媒介となる部隊員が、円になることで力を循環させることで、特殊魔法の威力を引き上げているのだ。


 力を溜め込んでいるその魔石が放つ光は、徐々に強く、眩いものとなっていく。



「……すげえじゃねえか」



 クルトは魔石が放つ強い魔力を肌で感じ、素直に感心する。



 この魔石はそんじょそこらの人間じゃ作れない。


 優秀な魔法士が相当な努力をして、やっとのことで作り上げた。



 それほどのものだということがクルトには分かった。



「降下十秒前……九……」



 クルト達の出撃の時間が迫る。



 隊員達の顔にはもう恐怖はなかった。


 皆、クルトの言葉を受け、自分達の使命を全うしようと決意したのだ。




 そうだ。お前ら。




 人はどこまでいっても人だ。



 俺達にできることは限られてる。



 だからこそ、自分達の手の届く人達をを守るために、やるべきことをやるんだ。



「三……二……一……総員出撃」



 射出口が開放され、クルト達は飛んだ。


 地上に引き寄せられるように、落ちる速度が上がっていく。



 空は赤色と黄金色が混じり、太陽はまさに地上へ隠れようとしていた。



 クルトは太陽が地平線に落ちようとしているところを初めて見た。



 こんな幻想的な景色を最後に見せてくれるとは、悪いことばかりじゃないな。



 クルトは胸の前で手を全力で叩いた。



「詠唱開始! 気合い入れろ! お前らぁ!」



 クルトの激励とも言うべき号令を聞き、部隊員は同時に胸の前に手を組んだ。



 そして、一斉に呪文を唱え始める。


 詠唱に必要な呪文をクルトは完全に暗記していた。



 目を(つむ)って、手を構えるだけで、口から勝手に魔法の言葉が溢れ出てくる。



 クルト達を包む赤い光は、その輝きを増していった。



 そして、眼下に魔族の軍隊が見えはじめた頃、部隊にも異変が起こり始める。



「グアアアアアアアッ!!」



「い、いやああああああああ!!」



 隊員達から悲鳴が上がりはじめた。


 魔力が混ざり合い、魔石に限界まで吸い取られることによる、人体の崩壊。



 ぼろぼろと朽ちていくように部隊員の体は壊れていった。



「……!」



 苦しそうに悲鳴を上げ顔を歪める隊員達の中、クルトは一切表情を変えない。



 体が張り裂けるほどの痛みにも、武人のような顔で耐え続ける。





 彼が苦痛に耐えられる理由。




 その(まぶた)の裏には、仲間がいた。



 クルトが築いてきたたくさんのつながりが、今のクルトを支えているのだ。



 王国で一緒に馬鹿をやった奴ら、地区『ダンテ』でひっそりと、それでも懸命に日々を生きていた同胞。


 そして今、一緒に戦ってくれている仲間。



 帝国でつながった人達も悪い奴らばかりじゃない。


 むしろ帝国でこそ、俺の人生で最高の出会いがあったのだ。



 ほら、みんながそこにいる。



 多くの仲間達の中に、一人寂しそうな赤毛の少女がいた。



 俺が寂しい想いをさせてしまった少女。



 彼女が公爵家の人間として大成するのを、俺が邪魔をするわけにはいかなかったのだ。


 だから、彼女から離れて、陰ながらずっと応援していた。



 この前、再会した時には、彼女はいい女になっていた。


 これだったら、もうちょっと早く会いに行ってもよかったな、なんて。



 その少女の後ろには、苦悶に満ちた表情をする青年が立っている。



 優しすぎるが故に、誰よりも深い悲しみを背負った青年。


 何度も彼とは話をしたが、結局何もしてやれなかった。



 だが、彼は俺の見込んだ男だ。


 きっと自分の力で、何かでかいことをしてくれる。



 この現実を覆してくれる。



 そんな確信があった。




「グハァッ!」




 口から血反吐を吐く。



 (まぶた)の裏に映っていたみんなが、一人ずつ消えていった。


 クルトが築いてきたつながりが、一つ一つ解かれ、なくなっていく。



 少し、怖いと思った。



 死ぬということが、一人になるということが。



 全てのつながりを断たれ、何にも縛られない『一つ』となって、解き放たれる。


 クルトは、最後に残ったつながりを、たぐり寄せるように手を伸ばした。




 最後に————



 クルトのそばには、優しく笑いかける女性の姿があった。




「……あい……してる」




 その言葉を最後に、クルトの意識は途切れた。




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