第38話 最期の言葉を聞く者達
イノとルビアは部屋の外、螺旋階段の下で待たされていた。
お互いに会話は一言もなく、ただ時間が過ぎるのを待つ。
それだけ、今のイノには声をかけづらい雰囲気を感じていたのだった。
記録室の前の通路には時計がないが、時間が刻一刻と過ぎているのを肌で感じるようである。
もうすぐ時間だ。
特別作戦が始まってしまう。
イノの沈黙のプレッシャーが、ルビアの元にもひしひしと伝わっていた。
私は、このままここにいるのか……?
このまま、おじさんの最後の言葉を聞きにいくのか。
彼ら、『エンゲルス』は決していい死を迎えるわけではないということは聞いている。
そんな、人間の最期を垣間見る、終わりを迎える彼らの人間性を盗み聞く。
あまり気が進むものではない。
ここまで足を運んだルビアだったが、その思いにまだ揺らぎがあった。
だが、そうしている間にも、時間は過ぎていく。
「そろそろだ。お二人さん」
「ああ……」
ラルフがイノとルビアの二人を呼びに来た。
イノは返事をして、迷わず部屋の中に入って行く。
ルビアもそれに続こうとしたのだが、うまく足が前に進まない。
迷っているのか……私は。
それとも、怖いのか……?
「言っておくが、これは面白いもんでも感動するもんでもねえ。脚色も脱色もないただの生々しい記録だ」
そんなルビアの様子を見て、ラルフは忠告する。
先ほどと変わらずだらしない格好で、右手には酒瓶を持っているわけだが、今の彼の声には妙に真剣味が感じられた。
「あんたみたいな温室育ちには刺激が強い。部隊に知り合いがいるなら尚更だ。このまま何も聞かない方が幸せだと思うぜ」
何も聞かない方が幸せ、それはそうだろう。
きっとクルト達は苦しんで死ぬ。
その恐怖に耐えかね、無様に泣き叫んでいる様子を聞くかもしれない。
そんなおじさんを見たくはなかった。
だけど————
「いや、私は逃げない」
それでも私は見届けなければならない。
そう思った。
彼の勇姿を、その最後を。
「おじさんの最後の言葉を、胸に刻みにいく」
ルビアは自身の胸に手を当てて、そう決心した。
彼が最後まで生きていた、彼らしく人生を謳歌した、その証人になろうと決めた。
ルビアの碧眼をじっと見続け、ラルフははあっと息を吐く。
「チッ……まったく、あいつの連れはどいつもこいつも被虐性欲者ばっかりなのか」
「?」
マゾって言っただろうか?
初めて聞く言葉だ。
どういう意味なのだろう。
ルビアは疑問を持つが、ラルフはそれに構わず言葉を続けた。
「特にやべえのはあいつだ」
ラルフは先に部屋に入ったイノの方を見た。
「つらくなるって分かってるくせに、部隊員に無駄に感情移入して、寄り添って、そんで必ずここに来やがる」
ルビアも部屋の中にいるイノの背中を見る。
その背中は、切ない、だとか、悲しいという感情とはまた違っていた。
なにか大きくて、重いものを背負い込んでいる、そんな感じに見て取れるのだった。
「イノ……」
辛くなると分かっていても、交友を深めた部隊員の最期を見届けに来る。
彼がこの魔導兵器の魔法技師になってから、ずっとそうしてきたのだろう。
どうして、あなたは……
「そろそろ始まるぜ、隊長」
坊主頭の隊員、ザックがラルフを呼びにくる。
ラルフはもうルビアには一言も声をかけず、部屋の中に入って行った。
ルビアももう迷わない。
ラルフに続いて中に入る。
そして、イノの隣に、用意されていた席に座った。
イノに横目で見られたような気がしたが、ルビアは無視する。
そして、ラルフがさっきとは違う真面目な口調で、号令を下した。
「これより、第十三次特別作戦、『オーディン』の情報記録を開始する。用意!」
ルビアは支給された音声受信機を耳に装着する。
すると、ノイズの中、人の話し声が聞こえてきた。