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第29話 準備期間

 ルビアが最後にここを訪れてから、実に二週間が過ぎた。



 彼女はそれ以来、一度も顔を見せていない。 



 原因はまさしく、二週間前のあの事件だろう。


 イノ達の正体、ルビアの探し人であったクルト、ウラの境遇を、考えうる最悪の形で彼女に伝えてしまったのだ。



 ルビアがここに来なくなってから、この班の空気もとても重くなっていた。



 セシリアはいつもの元気がなく、淡々と仕事をこなすしている姿が見られる。


 オスカーもたまに場を和ませようと頑張ってくれているが、あまり効果は見られなかった。



 特に落ち込みようがひどいのはアイナだった。



 彼女は自分の迂闊な発言のせいで、ルビアを傷つけてしまったと思っているみたいだ。


 今も、暗い顔をして作業に取り組んでいた。



 午前中から黙々と作業を行って時間が経った。


 時計が鳴り、時刻が正午になったことを伝える。



「……」



 みんなが教室の入り口の戸を凝視していた。



 誰もが、とある人が来るのを待っている。


 扉を開けて、帝国軍人の堅苦しい口調が混じった彼女の声を待っていた。



 ————しかし、その扉が開くことはなかった。



「……十二時だな、休憩しようか」



 イノはメンバーに声をかけると、各々、休憩を取り始めた。



 自分自身も体をほぐすために伸びをし、軽くストレッチをする。


 硬い材質の作業着を長時間着ていると、肩も凝るし、筋肉も強張る。



 定期的に伸ばしてやらないといけない。



 すると、オスカーがイノの元にコーヒーとマグカップを持ってきてくれた。



「ありがとう、セシリアは?」



「……まだ、作業室の奥でなんかしてますね」



「あいつ……休憩だって言ったのに」



 嫌なことがあると、彼女はいつもこうだ。



 自分の世界に、仕事に没頭して、紛らわそうとしている。


 分かりやすいやつ。



 オスカーがマグカップにコーヒーを注いでくれて、イノはそれを受け取った。


 そして、手元にあった新聞に目を通す。



「クルトさん、正式に部隊編成されましたね」



「……ああ」



 新聞の見出しに『第十三次エンゲルス編成』の文字が書かれている。



 つい先日、『エンゲルス』編成のための豪勢な式典が催された。


 『エンゲルス』に入れるのは帝国の中で最も名誉なことであり、英雄として戦地に送り出すための式典、とのこと。



 しかし、部隊に編成された隊員達は、とてもじゃないが誇らしい顔をしているとは言えなかった。



 仕方ないだろう。


 誰がこれから死にゆくことを祝われたいと思うか。



「クルトさんは、堂々としていましたね」



 他の隊員が狼狽(うろたえ)えている中、隊長を務めることになったクルトは違った。



 自分の役割を分かっているかのように、しっかりと隊長として振る舞っていた。


 彼の人間としての器の大きさが、目に見えて分かった瞬間である。



「……あの人は、すごいんだ」



「ええ、知ってますよ」



 リーダーに何度も話を聞かされていますからね、とオスカーはその時のことを思い出しているようだ。


 彼ほど、出来た人間をイノは見たことがない。



 メンバーに何度も話しているくらいだ。


 それくらい彼の言葉には胸に残るような何かがある。



 それも聞けなくなってしまうと思うと、虚しい気持ちでいっぱいだった。



「あの人の意思を尊重するためにも、俺達も頑張らないと」



「そうですね」



 あの人の覚悟に応えなければならない。


 イノ達の魔石が要なのだ。彼らの犠牲を無駄にするような物は作れない。



 ————そういった言い訳をしなければ、イノ達は意欲を保てない。一歩も動けなくなってしまう。



「オスカー、この後のスケジュールを確認しておこう」



「ああ、はい。とりあえず魔石の納品は三週間後が締め切りになります」



「オーケー、基礎はできてるし、あとは調整だけだから余裕で間に合うな」



 特別作戦用の魔石自体は、今までのノウハウがあるので、制作自体は難しくない。


 重要なのは、部隊員に合わせて調整(チューンナップ)しなければならないことだ。



 『ライト・ピラー』は非常に緻密(ちみつ)な魔法であるため、部隊員に合わせて正確に調整を行わなければ、正常に発動させることができないのである。


 もちろん、この日程はちゃんと組まれており、ここから三週間をかけて、部隊員ともコミュニケーションを取りながら調整を進めていく。



 イノ達にとって、この時間が最も過酷と言ってもいい。


 恨み言を言われるのならまだいいが、隊員の心の状態は通常の何倍も不安定だ。



 隊員の醜く、切ない姿を、イノ達は何度も見て、何度も心を痛めていた。



 俺達に謝っても、どうすることもできないんだよ、なんて、何度思ったことだろうか。



「……調整日程はいつからだ」



「明日から始まりますね」



「また忙しくなるな」



 イノは再び教室の入り口を見る。


 そんなイノの様子を見て、アイナが声をかけてきた。



「ねえ、イノ。ルビアは、もう来ないのかな……?」



「……」



 アイナはか細い声でイノに聞くのだった。


 彼女の顔は未だに泣き腫らした跡が消えない。



 毎晩泣いているのだろうか。



「仲良くなれたのに、悲しいなぁ」



「……そうだな」



 あれに関しては、誰が悪いとか、誰かを咎めることなどできない。



 いずれ、起こりうることだったと思っている。



 正直に、腰を添えて、イノ達のことを伝えられれば、また違ったかもしれない。



 いや、たとえそうしたとしても、結果は同じだっただろうか。


 ルビアにどう伝えればいいのかという問いも、一向に答えが出ない。



 最近、答えが出ない問題ばかりだ。



 答えが明白な魔法技師の作業だけをやっていたいというセシリアの気持ちが分かったような気がする。



「アイナ、ご飯ちゃんと食べとけよ。午後もあるんだから」



「……うん」



 アイナは昼食を食べに、自席に戻っていった。


 イノは手に持つカップを傾けて、コーヒーを口に含む。



 オスカーの入れてくれたコーヒーも十分うまい。



 けれどイノは、あの喫茶店の好きだったコーヒーが恋しくなってしまうのだった。




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