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第2話 背負うべき罪

「……あのイカれ豚野郎」




 帝国軍本部からの帰り道、テーリヒェンへの悪態が思わず口から漏れ出した。



 イノは懐から煙草を一本取り出す。


 同僚から嫌な顔をされるが、ストレスの発散方法をこれしか知らないから許してほしいものだ。



 煙草の煙を一気に肺に入れ込み、空中へ送り出す。


 胸の奥にもやもやしたものが詰まっているのを紛らわすには、これで十分だった。



 吐いた煙の先に、イノの銀色の目には帝国の街並みが映る。



 城塞都市『アルディア』の中央街、『レグルス』



 大通りには数多くの車が往来しており、その道に沿って、人々が住む住居や営む店が並ぶ。帝国の人々は、和気藹々(わきあいあい)と平和な日常を過ごしていた。


 開戦直後とを比べれば、確かに今の帝国には余裕があると言えるだろう。



 十年前、魔導歴1910年、サラメリア人の国、『ウォル・フォギア帝国』がクーダルフ人の国に対して宣戦布告した。


 クーダルフ人は大陸の東側にて、着々と勢力を強めていた。それを危険視した帝国軍上層部は、クーダルフ人を殲滅し、領土を拡大、大陸の覇権を握ろうとしていた。



 当時から帝国は、他国と比べて強大な領土と国力を持ち合わせていた。



 かたや、クーダルフ人は国というより民族の共同体、といった方が正しいくらいで、国力に圧倒的な差があった。


 そのため、結果は目に見えていると思われていた。



 しかし、敵国の魔法は、帝国の予想を遥かに上回るほど、強力であった。



 敵国は、クーダルフ人が得意とする『召喚魔法』を使い、魔族の大群を作り出したのである。



 人間よりも上位の存在である魔族に徒党を組まれてしまえば、帝国も後退せざるを得なかった。


 戦況は予想以上に深刻で、一時は降伏するという案までも出かかったくらいだと聞いている。



 そんな状況が好転したきっかけは、二つある。



 一つがエルステリア人の国、『サン・ミッセル王国』と同盟を結んだことである。


 魔族に効果が絶大な、光魔法を扱えるエルステリア人との同盟は、帝国にとって、戦況を打開できる唯一の突破口だった。



 同盟の内容は、帝国は王国の防衛と安寧を約束する代わりに、王国は帝国軍に兵を提供するという、非常にシンプルなものだ。



 だが、この同盟こそが、イノにとっての全ての始まりだったのである。




 イノは、もう一口煙草を吸う。



 向かいから歩いてくる街の人々を避けつつ、大通りから裏道に入った。


 大通りから少しでも外れて、狭い路地に入ると、全く別の風景が現れる。



 車と人々に溢れていた先程の道とは違い、車が走らないこのような裏道はほとんど整備されていない。道にはヒビが入っており、所々に雑草が生えているようなじめじめとしたところだ。


 イノは人混みを避け、近道をするために、この道を多用していた。



 いつものように、裏道からイノの職場に帰ろうとする。



 その時だった――——




「うわあああああああっ!!」




 突如、イノの視界外から誰かが叫びながら突っ込んできた。


 その誰かは、イノの顔面を思いっきり殴りつける。



「ッ!!」



 イノは殴られた衝撃で、大きく吹き飛ばされ、裏道の壁にぶつかった。



 突然の出来事に状況を全く掴めない中で、イノは殴ってきた相手を見る。



 そこにいたのは、初老の男だった。


 見すぼらしい服装で、体型も細くて、髪も少なかった。



 そんな男が、血走った目をしながら、イノを睨みつけている。




「娘を……!」




 男は右手に握り拳を作ったまま、倒れているイノの元に駆け寄る。



 そして、イノの胸ぐらを掴み上げ、大声で叫ぶのだった。




「娘を、返せえええええええええっ!!!」




 男は再び、イノを殴りつける。


 イノはまた、地面に体を叩きつけられた。



(ああ、やっぱり……)



 イノはその男が誰なのかを知っていた。


 殴られる理由も、怒号を浴びせられる理由も知っていたのである。



「知っているぞ!お前が娘を爆弾にしたことを!!」



 男はイノを掴み上げ、また殴りつける。



 何度も、何度もだ。



 イノは口の中に血の味が広がるのを感じた。



「娘は……わしの娘はなあ……!」



 男は泣いていた。


 泣きながらイノを殴りつけていた。



 その薄暗い道には、イノの血飛沫と男の涙が飛び散っている。



「とてもやさしい娘だったんだ————人のために何かをするのが好きだった。なのに!あの日の理不尽な同盟から、出兵させられて、望んでもいない戦争の道具にされたんだ……!」



 彼の震えた声がイノの耳朶を打つ。


 男はイノの胸倉をつかんで持ちあげた。



「それでもわしは……娘が生きてくれさえすればいいと思っていた。でも!でも!娘は特別作戦部隊に入れさせられて、貴様の!貴様の作った極悪非道なあの魔石によって!魔族のど真ん中で自爆させられたんだ!」



 男は荒ぶる感情のまま、イノを裏道の地面に投げつける。



 背中から叩きつけられ、肺の中の空気をすべて吐かされた。




 テーリヒェンの言っていた『戦法と魔石』



 帝国軍参謀本部直轄、帝国に侵攻中の敵魔族軍の殲滅を目的として編成された特別作戦部隊。




 そして、戦略魔導兵器『ライト・ピラー』




 これが、帝国軍の劣勢を覆したもう一つのきっかけだった。



 光属性魔法に適性のある、複数のエルステリア人を媒介とした魔族特攻戦略魔導兵器。


 その術式が組み込まれた魔石を使用した特別作戦。



 通称『エンゲルス』とも言われる特別作戦部隊。



 そこに配属されたエルステリア人————(ちまた)では『自爆魔法士』とも呼ばれていた。



 すなわち、帝国軍によって選定されたエルステリア人を『自爆魔法士』に任命し、その名誉と引き換えに命を賭して、敵魔族軍を破壊するという、非道な作戦だ。




 そして、特別作戦に使われる魔石を開発しているのが、イノだった。




 この男にとって、イノは娘の仇も同然だった。



 だから、イノは抵抗しない。



 俺が、あの人を殺したのは、紛れもない事実なのだから。



「このぉ……!」



 男はイノの首元を押さえつけ、強く締め付ける。


 呼吸ができなくなり、脳への血液の供給が一時的に滞る。



 イノは意識が遠のいていくのを感じた。



「ガッ……ア……」



 (うめ)き声を上げながら、イノは男の顔を見る。



 彼の顔は悲しみと怒りで、ぐちゃぐちゃになっていた。


 行き場のないこの激情をどこにぶつければいいのか分からないのであろう。




 それを俺にぶつけるのは正しい。




 いいんだ。



 いつかこんな時が来るとは思っていた。




 このまま死んでも――——






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