第23話 待望の手がかり
「さて、何から始める?」
もう今から捜索を開始するらしい。
思いたったがすぐ行動、セシリアの活発さには目を見張るものがあった。
「とりあえず、名前とかは分かりますかね?」
オスカーは冷静に情報収集から始める。
ルビアが何も言わずとも、みんなは思い思いの行動を始めていた。
彼らのその思いに答えようと、ルビアは自分が知っている唯一の情報をオスカーに伝える。
「ああ、名前は『アステ・フォン・ウーレンフート』だ。この名前で街中の人に聞き込みをしていたんだが、いい答えはもらえなかった」
「ふむ、ザ・貴族って感じの名前ですね」
「嫌な言い方やめろ」
オスカーのデリカシーのない言葉にセシリアがツッコミを入れる。
「いてて……えっと、もしかすると名前を変えているかもしれませんね」
「————あっ、そうか」
ルビアは失念していた。
確かに、家を追放されていつまでも貴族の名を使っているわけにもいかない。
何かしらの偽名を使っていると考えるのは当然だろう。
「でも……だとしたら、手詰まりじゃないか」
ルビアの持つ手がかりは名前しかない。
帝国内にいるかどうかも分からないのだ。
これじゃあ、見つけようがない。
「うーん、ちょっと待ってください」
オスカーが教室内にある棚を漁り始めた。
まるで泳ぐようにオスカーが物をかき分けていき、ガラガラと色々なものが出てくる。
「何を探しているんだ?」
「えーっと、確かここに————あった!」
オスカーが持ってきたのは黄色の魔石であった。
その魔石は黄色い宝石のように透き通っており、明かりに照らされて輝いている。
ただ、この魔石を持ってきたオスカーの意図がルビアには分かりかねた。
「なんだこれは?」
「結構前なんですけど、帝国軍の暗号化魔術の開発依頼をされたことがあるんですよ」
「あ〜〜!」
「そんなこともあったね」
セシリアとアイナは納得がいったみたいだ。
魔法技師が作るのは武器だけではないんだな。
ルビアは自分の考えていた魔法技師の認識を改める。
「まあ、結局企画自体はボツになっちゃったんですけど、これはその時作ったものですね」
オスカーはその魔石を教室の黒板の前に持ってくる。
それを彼は自分の正面に持ち、手を離すと、魔石はその場に浮遊した。
「こ、これで何をするんだ?」
ルビアは自分だけ話についていけていないことを悟り、オスカーに問いかける。
この魔石が一体なんの解決になるか分からないのだ。
「もしかしたら偽名は偽名でも、本名をアナグラムみたいに組み替えた名前なんじゃないかなと思いまして。これを使ってそのパターンを洗い出そうと思います」
偽名としてはなかなか安直な類ですけどね〜
オスカーがそう言いながら魔力を込めると、魔石が起動する。
魔石は黒板上に黄色い文字を投影した。
「えっと……元の名前がこうで、これを意味のある名前に……」
空中に投影された文字は、最初にルビアの探し人の名前に形作られる。
それがシャッフルされ、様々な文字列がリスト化されて表示され始めた。
ルビアは初めて見る種類の魔法に、感動していた。
今まで魔法は誰かを攻撃するためのものだと思っていた。
実際、そのような魔法しか使ったことはなく、教えられたのもそれしかない。
こんな魔法もあるんだな。
戦闘用の魔法しか使ってこなかったルビアにとっては、とても新鮮だった。
「んーと、候補が356件、結構ありますね」
「————じゃあこれ使って、帝国民の戸籍データと照らし合わせてみるってのは、どう?」
「お、了解です」
アイナが持ってきた書類をオスカーは受け取り、その書類を魔石の下に配置する。
魔石はその書類の内容を魔法で読み取って、戸籍情報を黒板上のリストの反映させた。
すると、リスト化された名前群が徐々にその数を減らしていき、最終的には数えられるほどのリストになった。
「ああ〜、戸籍と一致したのは20件ですね————これは……?」
「ん? あああっ!!」
「どうした!?」
セシリアが突如大声を上げる。
アイナとオスカーも驚いた表情をしていた。
三人とも、魔石によって投影された名前のリストの一番上を見ていた。
「この人! イノの知り合いだよ!」
「本当か!?」
ルビアの声が勝手に上擦った。
まさか、こんなにあっさりと手がかりを見つけられるなんて。
今までの自分の努力はなんだったんだと思うぐらいだ。
「イノがよく通っている喫茶店の奥さんの名前だよ!」
セシリアが興奮気味に、黒板の一番上に表示されたリストを指差す。
他の二人も当たりがあるようだった。
そして、ルビアはセシリアの発言の、ある部分に気づく。
「奥……さん……?」
「あ! まさか!」
「店主の人って、もしかしてルビアの初恋の人!?」
教室内で歓声が上がる。
もし、本当にそうならば、彼女が家を追放された後、ルビアが好きだったあの人と再会できたということになる。
ルビアの目から涙が溢れてきた。
そうだったのか、二人はちゃんと出会えていたんだ。
この四年間、幸せに暮らせていたんだ。
ルビアの手に自然と力が入った。
アイナはそれを強く握り返してくれる。
彼女の方を見てみると、アイナも目が潤んでいた。
ルビアは嬉しさを表現するために、アイナに向けて満面の笑みを送る。
「ちょうどいいですねぇ。それも含めて、彼が教室に来たらまず聞いてみましょう」
「そうだね! あいつまだ寝てんのか? 叩き起こしにいったろか!?」
「まあまあ……」
三人とも、手がかりを見つけたことをまるで自分のことのように喜んでくれる。
ルビアは、彼らの技術と優しさに改めて感謝した。
これで、彼女に大きく近づけるかもしれない。
そうすれば、きっと……
ルビアは胸元を押さえ、ときめく心を抱きしめる。
イノが待ち遠しかった。
ルビア達は、珍しく遅刻しているイノが出社するのを待つのだった。