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第20話 彼女の思惑

「やあ、いらっしゃいルビア」



 第七班のいつもの教室に入ると、みんなが出迎えてくれる。



 相変わらず壁も本棚も古びていて、机も椅子もよく分からない機械達も整理整頓されていない。


 自分の家の環境とは天と地の差であった。



 それでも、家より居心地がいい。



 ここの空気は不思議と、外の空気より澄んでいるように感じられた。



「どうかされました?」



 オスカーがルビアの顔を覗き込む。



「ん? 何がだ」



「なんだか怖い顔をされているような気がして」



 ルビアは先程の工廠の入り口であったことを思い出す。


 怒りを感じたせいか、自然と顔が強張っていたようだ。



「なんでもない、気にしないでくれ」



 ルビアは顔の頬骨あたりをぐりぐりと揉む。


 教室内を見回してみると、メンバーが一人いないことに気づいた。



「イノはいないのか?」



「イノ、遅刻……」



 アイナがぼそっと呟くように、ルビアの質問に答える。


 ルビアがここに訪れる時、イノはいつも教室の端の席に座って、何かしらの作業をしているイメージだった。



 だから、この教室にイノがいないのは少し珍しい。



「どうせ寝坊とかでしょ」



「外に出かけるの苦手ですからねぇ。疲れが溜まってたのかもしんないですね」



「隠キャの鏡じゃん」



 オスカーの言葉にルビアはハッとする。



 そうか、無理をしていたのか。


 私が無理矢理外に連れ回したから。



 アイナとセシリアはノリノリでルビアについてきてくれたから気づいていなかったが、男子への気遣いが足りていなかったな。



 世間知らずな自分と違い、ここのみんなはよくこの街を知っている。


 特にイノは、私の知らないことをいくつも教えてくれたし、嫌そうな顔をしながらも私についてきてくれてとても楽しかったのだ。



 だが、彼の優しさに甘えすぎたみたいだな。


 今日だって————




「あ————ごめん!」




 申し訳ない気持ちを募らせていると、セシリアは急に両手を合わせてルビアに謝罪した。



「今日もよかったら遊びに————じゃなくて、ぱとろ〜るに行きたかったんだけど、なんだか忙しくって……」



 セシリアは大袈裟に頭を下げる。


 なんだ、そんなことで謝る必要なんてない。



「いやいや、いいんだ。仕事、忙しいんだな」



「うん……ごめんね」



 アイナも、申し訳なさそうに頭を下げる。



 ルビアには魔法技師の日々の仕事は分からない。


 彼らが忙しいと言えば忙しいのだろう。そう言われてみると、みんなの顔が少し疲れているようにも見えた。



「急に忙しくなりましたからね。もしかすると、作戦が近いんですかね」



「あー、嫌だね……」



 作戦が近いという言葉を聞き、みんなの顔が暗くなる。


 やはり、忙しくなると何かと大変なのだろうな。



「そうか、しょうがないな。今日は失礼するよ」



「あれ? もう行っちゃうの?」



「邪魔するわけにも行かないからな。それに————今日はちょっとやらねばならんことがあったんだ」



 仕事が忙しいという中で、あまり邪魔をするのも良くない。


 実際、イノが疲れて寝坊しているのだし、仕事に支障をきたすのは避けなければならなかった。



 あと、これ以上ルビアの個人的なことに巻き込むのも良くない。



 ルビアは脱いだ軍服を再び着直し、教室から出ようとする。




「? ちょっと待って————」




 なにか、いつもと違う雰囲気を感じ取ったのだろうか。



 セシリアがふと、ルビアの袖を掴む。



 その時、一枚の紙切れがルビアの服から零れ落ちた。


 それが教室の床を滑るようにして、オスカーの足に当たる。



「何か落としましたよ?」



 オスカーがその紙を拾って、ルビアに手渡そうとする。



 だがその一瞬、その紙に書かれていた文章がオスカーの目に入ってしまった。




「『溢れ出る悪意』————北の闇組織の名前……」




 教室が静まり返る。


 呟くように発したその言葉は、穏やかじゃない雰囲気を纏って強調されていた。



「どうやら人員の補充————と表すのが正しいのか分かりませんが、それについて書かれた明細書のようですね……これは一体?」



 オスカーは教室にいる皆に見えるように、その紙を掲げた。



 そこに書かれていたのは、人員補充の費用明細書。



 どんな人員かと言えば、サラメリア人やエルステリア人、人種を問わない年頃の女性。


 顔写真とともに年齢と名前が表になって並べられているそれは、()()()()()のリストだった。



 すなわち、人身売買の明細である。




「まさかとは思いますが、()()()()に向かうだなんて言いませんよね?」




 この場所というのはつまり、この人身売買が行われている場所、ということだろう。



 軍服の袖を掴むセシリアの手には力が入っており、ルビアがここから立ち去ることを拒否している。


 逃げられないと悟ったルビアは、皆に背を向けたまま、正直にオスカーの問いに答えた。




「……そうだ」




 どんなに敵が強大であろうと、弱き者を助ける。


 それが私の使命なのだ。



 ルビアは自分に()()()()()()




「いやいやいや! ()()()()()なんて普通の人間が行くもんじゃないよ! 危ないよ?」



「軍も放置しているようなところなのに、ルビアが一人で行ってもどうにもできないよ……! いくらルビアでも……やめた方がいいよ!」




 北のスラム街は、『アルディア』の中でも有名だった。



 足を踏み入れたが最後、無事では帰ってこれないと言われる。


 『アルディア』で最も治安の悪い地区であった。



 帝国憲兵も匙を投げるほどに、そこにある闇は深く、大きなものだと聞く。




「それでも————正義を執行するものとして、黙っているわけにはいかないのだ……!」




 アイナとセシリアが止めてくれているが、ルビアは頑なに譲らなかった。


 皆が怪訝な顔をしていた。



 軍があそこを放棄していることは知っている。


 危険な場所だということも、重々承知だ。



 だが、それでもルビアはその場所に(おもむ)かなければならなかった。



 この件に関して、この街の様々なところに行き、色々と調査した。




 そして、確信が持てた。




 考えられる限り、 ()()()()()()()()




 ルビアが半ば逃げるようにセシリアの手を振り解き、教室のドアに手をかけた。




「うーん、ルビアさぁ……」




 その時、セシリアが口を開く。



 ルビアは教室のドアに手をかけた状態で静止した。


 そして、一つの質問をルビアに投げかける。





「なんか隠してない?」





 セシリアの言葉に、ルビアの背中は電流が走ったかのように、ビクッとなる。



 首からじわっと汗が滲み出るのを感じた。



「なんだか、ずっとおかしかったんだよね。私達といる時も上の空なときがあるし、まじで『アルディア』のあっちこっちに行こうとしてたし」



 まあ、あたしは楽しいからいいけどね、と彼女は付け足すが、ルビアを疑う目は変わっていなかった。



 アイナも、ルビアに関して気づいたことを話し始めた。



「そういえば外にいる時、あたりをキョロキョロしてた気がする……パトロールっていう感じの警戒の仕方じゃなかった」



「確かに、なんか挙動不審だった。まるで、何かを探しているかのような-———」



 アイナの気づきにセシリアが同調し、疑念がなお増した。


 オスカーもその豊富な知識を用いて、ルビアの不審点をあげる。



「そもそも、治安維持は憲兵の仕事のような気がしますね。ルビアのような帝国士官がやる仕事でもないような」



 彼らはよく見ている。



 そして、並の人間よりも頭の回転が早かった。



 自分がこれを正義だ正義だと自分に言い聞かせていることを、とっくの昔に見破られていたのだろう。


 これが過ぎた行為であり、別の思惑があることをすでに悟られていたんだ。



 こんなにも細かい部分まで自分が見られているとは。




「そんなに必死に何を探してるの?」




 ルビアは教室の戸から手を放し、第七班のみんなの方へ振り返る。



 アイナ、セシリア、オスカーは真っ直ぐとルビアを見つめていた。




「ねえ、話してみてよ」




 最初は疑いの眼差しだったが、よく見れば違う。



 それは、心配の目だ。




 専属技師の契約とか、身分の差とか、そんなものは関係ない。



 ただ、友達として、自分の身を案じてこちらを見つめ続ける。




 ————正直に話すしかないのか。



 逃げるのはどう考えても不自然だし、そもそも逃げ出すようなことをしたくなかった。



 だが、ルビアは怖かった。



 この話をしてしまえば、ルビアに対する彼らの見方が変わってしまうのではないか。



 彼らに引かれるかもしれない。


 私に失望して、離れてしまうかもしれない。



 そんな恐怖があった。



 迷っていると、アイナが近づき、ルビアの手を取った。




「ルビア、悩みがあるなら話してみて。力になれるかもしれない」




 ルビアは、アイナと目を合わせた。


 黒色の瞳の中にきらきらと黄金の光が見えるような気がした。



 それは、彼女の純粋さを表す瞳だ。




 彼女の目を見ていたら、私は何を迷っていたんだ、と気づかされる。



 彼らに信じて欲しいなどと言っておきながら、私が彼らを信じきれていなかった。




 まったく、私はどうしようもないな。



 ルビアは自分の情けなさに、少し笑う。




 ルビアは一歩前に出て、改めて第七兵器開発部の三人の方に向き直った。




「……うまく、説明できるか分からないが、聞いてくれるか?」




 皆が迷うことなく頷く。



 そこには、出会ってまだ二週間しか経っていなくとも、確かな絆があった。




 彼らをもっと信じて、自分のことを話してみよう。





「————実は、人を探しているんだ」





 贖罪のためにも私のことをみんなに伝えよう。



 私の幼い頃の罪を。



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