第218話 赤い眼光
「ふ、ふざけるな!!」
場内の空気を突き破り、テーリヒェンが叫び出す。
柵に拳を叩きつけていた。
「戯言だ!悪魔の虚言だ!こいつの言うことを真に受けてはならない!」
目を血走らせながら、必死にアイナの意思をかき消そうとする。
しかし、場内の空気は突如舞い降りた帝国の悲願に完全に魅了されていた。
それを悟ったテーリヒェンは、顔を果実のように真っ赤にする。
「パップロートの亡霊が!貴様の兄がこの国に来てから全てがおかしくなったのだ!貴様らが帝国になど来なかったら、我々は高潔なサラメリア人のままだったはずなのじゃ!」
人差し指をこれでもかというほどアイナに突き刺していた。
異常なまでの潔癖とプライドの高さ。
もはやそれを取り繕うことすらなく、自分のエゴをひけらかしている。
「貴様らが全ての元凶、濁り、害虫だ!害虫は除去しなければならんだろうが!」
テーリヒェンは頭に血が上ったまま、バッと懐に手を入れる。
次の瞬間、奴が手に持っていたのは黒い拳銃であった。
それが許可を得て携帯しているものなのか、それとも不当に手に入れたものなのかは分からない。
だが、人一人簡単に殺しうる凶器が、アイナに向けられた。
「汚い虫は————消え失せろ!!」
あまりにも迷いのない行動に、イノは————周りの人間は誰一人として反応できなかった。
そのまま、テーリヒェンは引き金を引く。
凶弾が音を置き去りにして、アイナに迫る————
しかし、弾丸がアイナに当たることはなかった。
アイナは身じろぎ一つしなかったが、弾丸の方が右に逸れていったのだ。
「うおおおっ……!!」
テーリヒェンが呻き声をあげて、その場にうずくまっている。
手に持っていたはずの銃が、地面に転がっていた。
何が起きたのか。
発砲音は二重に聞こえていた。
すなわち、別方向から撃たれた弾丸が、テーリヒェンの銃を吹き飛ばしたのである。
それは審議場の入口からの発砲だった。
そして、入口に立っていたのは、ヴィルヘルムであった。
「茶番はここまでにしよう」
ヴィルヘルムはいつもの笑みを浮かべながら、自身の拳銃をしまい、前に進み出る。
その後ろに続き、多くの人影が現れた。
その姿は全身鎧の赤い騎士。
入口から差し込む陽の光を浴び、紅に輝く。
揃った足並みで、大理石を踏み。
鎧の金属音と大地を踏み鳴らす音が審議場に木霊した。
鎧の隊列が全員入ると、隊形を変えて横に広がる。
そして中心の騎士が、赤く大きな旗を掲げた。
「不死鳥の翼————帝国騎士団!!」
烈日赫赫の騎士団。
それは、『ウォル・フォギア帝国』最強の軍団。
この国の頂点に実力を認められ、古くから王を守ってきた。
すなわち、帝王直属の兵隊。
この国の中心に関わる最強の兵士達。
帝国民の全てが畏怖を抱く存在が、この場所に集結していた。
そして、それだけじゃない。
この場の全員が予想だにしてなかった人物が、騎士団の後ろから現れる。
「あれは……まさか……!」
黒いケープに黒い魔法帽。
右手に持つのは自身よりも大きな魔法の杖だ。
落ち着いた足取りが、審議場の中央に向かっている。
黒に染まっているからこそ目立つ、特徴的な赤い眼光。
その存在は全ての人間を圧する。
この国を統べることが許された証であった。。
まさしく王の血統。
アレクサ・フォン・フォーギアス。
ウォル・フォギア帝国、第二王子にして————
帝国最強の魔法士の名であった。