第19話 友達を侮辱するな
「さて、今日も行くか」
ルビアは時刻が正午になったことに気づき、午前中の作業を切り上げる。
午後になったら向かう場所はもう決まっていた。
イノ達が働いている場所は、西側にある工廠地帯の一区画だ。
そこまでの道順は、もう体が覚えている。
初めは、知らない人間と関わるのが嫌だった。
元々箱入り娘で、外部との交流は制限されていたため、ルビアは自然と人見知りになった。
誰に対しても、帝国軍人、そしてニューロリフト家の人間としての矜持を持って接する。
そんな父上の教えに従って、今まで生きてきた。
だが、彼らの前では、そんな堅苦しい自分を見せることは無くなっていた。
ルビアは軽い足取りで『ベックス工廠』に向かう。
彼らの仕事場、第七兵器開発部は一階の奥の部屋だ。
工廠の門を開けて、中に入ろうとする。
「あ、あの」
その時、横から急に声をかけられた。
聞き慣れた声じゃなかったため、ルビアは少し身構える。
そこには、作業服を着た女性が二人、こちらを見て立っていた。
「ルビア様……でございますよね?」
向かって右にいる茶色の髪の女性が、堅苦しくルビアの名前を呼ぶ。
慎重に言葉を選んでるような口調だ。
どうやら、イノ達とは別の班の従業員らしい。
ルビアは屹然とした態度で対応する。
「ああ、そうだ」
「わあ! やっぱりあの『赫星』だ!」
「ニューロリフトのお嬢様!」
目の前の女の子二人はキャピキャピと飛び跳ねるのだった。
久々に自分の異名を言われ、ルビアは恥ずかしくなる。
「あの! 握手してもらってもいいですか?」
「やめてくれ、私はそんなんじゃない」
ルビアは手を振って拒否する。
なんだか久しぶりだな、こういうの。
イノ達に慣れすぎて、自分が軍のエースだったり、公爵令嬢であることを忘れるときがあった。
自分の功績やら家柄を笠に着るつもりはないが、やっぱりこういう反応の方が普通だよなと、ルビアは思う。
何も知らないイノの方が異常だったのだ。
「今日はどちらへ?」
左側にいる黒髪の娘が興奮しながら、行き先を聞いてくる。
帝国士官で公爵令嬢としてのルビアしか知らないのであれば、薄汚い工廠に足を運ぶのは不自然だと思うだろう。
ルビアはその問いに正直に答える。
「第七兵器開発部に行こうと思ってる」
「あ……」
二人の顔がさっきの笑顔から一変し、あからさまに嫌な顔をした。
目の前の二人だけではなく、周りにいた他の作業員の視線も、まとわりつくような嫌な視線に感じた。
茶髪の方の作業員が口を開く。
「最近噂が流れているんです。あの公爵令嬢が例の『第七班』とつるんでるって……あれは本当だったんですね」
第七班、というのはイノ達のことだろうか。
噂が流されているのも不愉快だし、つるんでいるという言い方も嫌いだ。
彼女達は私に何を伝えたいのだろう。
「あ、あそこには行かない方がいいと思います」
黒髪の娘がルビアに進言する。
「なぜだ?」
「あそこはあなたみたいな高貴な人が関わっていい場所じゃありません」
二人の従業員の目に宿るのは嫌悪だ。
その悪感情が誰に向けられているのか、話を聞いていれば分かる。
ルビアは、腹の底がふつふつと湧き上がるような気がした。
「そうですよ、あいつらはまともな人間じゃないんです。もしニューロリフト准尉のイメージが下がりでもしたら————」
「どうしてそんなことを言うんだ……!」
ルビアの手が震える。
どうして彼らがそんな毛嫌いされなければならない。
ルビアだって気づいていた。
この工廠、いや、この街でイノ達に向けられている視線に。
まるで悪魔を見るような目にイノ達は晒されている。
イノ達がどうしてそんな風に見られるのかは聞いていない。
部外者が首を突っ込むものでも無いと思ったからだ。
だけど、これだけは言える。
「私の友人を侮辱するな」
セシリアはいつも元気に声をかけてくれる。
私が人見知りをする暇もないくらいに。
オスカーは礼儀正しくも遠慮なく接してくれて心地がいい。
物を知っていてなんでも教えてくれる。
アイナは引っ込み思案だが誰よりも優しい。
時々頭を撫でたくなる。
そしてイノは————私が唯一、軽口を叩ける人間だ。
これが、私の初めての友人。
友人を『まともな人間じゃない』などと言われたくはない。
「私が関わる人間は私が決める。君達に口を出される筋合いはない」
ルビアは自分が怒っていることに気づく。
女性二人組はルビアの怒った口調に怖気ついたのか、わなわなと後退りした後、その場から逃げていった。
「し、失礼しましたぁ!」