第211話 雑音が蠢く中
「そして————審議場にいる人間は、恐らく全てが俺達の敵だ」
相手は旧体制派の力を持った貴族、軍人ばかり。
ギルベルトを含め、中立な立場の審議官もこちらの味方というわけでは決してない。
ただでさえ今朝の抗議運動で、今のレグルスはピリついている。
帝国の民衆が、エルステリア人の存在に疑念を持ちつつあるのだ。
そんな中で、そこまで発言力があるわけでもないイノ達が、審議に勝てる見込みはどのくらいあるだろうか。
「奴らの身勝手さを甘く見ないほうがいい」
このまま彼らにとって臭い物に蓋をして放っておけば、後々不利益を被ることは自明の理。
しかし、自身の立場とプライドを守るためならなんだってする連中だ。
権力でもからめ手でもなんでも使ってねじ伏せられる。
「そんな状況で、なんとしてでもアイナの罪を失くす————あるいは、極刑よりも軽くしなければならないわけですか……」
「ああ、四方八方を旧体制派の人間に囲まれながらな……それにもう一つ不利な点がある」
この時点でもなかなか厳しい状況なのに、まだ問題点があるという。
ディルクは、人差し指をピンと立てながら神妙な面持ちで告げる。
「それは、ニューロリフト准尉が出られないことだ」
ディルクの指しているのはルビアのことだ。
公爵家の令嬢であり、今回の唯一の証人でもある。
実際にアイナ達の離脱を支援したのはルビアのはずだ。
彼女がそうだと言えば、少なくともアイナの独断で戦場を離れたということにはならないはずである。
だが、彼女はギルベルトの命により出席を制限されていた。
その時、一緒に『エンゲルス』を支援したルビアの部隊全員である。
唯一の証人なのに、手札として使えない。
イノ達は碌な証人も出すことができずに、審議に挑むことになる。
「————で、何か言ったらどうなんだ? リーダー」
ディルクは、ずっと難しい顔で沈黙を保っているイノに話を振る。
すっかり冷めてしまったコーヒー。
口を潤す間も無く、イノ達はずっと話し合っている。
イノは自分の分のコーヒーを受け取り、一気に喉に流し込んだ。
そして、店内の隅にいた、とある人物へと話しかける————
*
「それで証拠はぁ!? まさかないとでも言うのかね?」
テーリヒェンはねちねちとした口調でディルクに捲し立てる。
軍人達の思い思いの声が、ざわざわと審議場内で蠢く中、テーリヒェンの嫌味たらしい声が反響した。
「虚偽の申告は神像によって罰せられる。君達はその者が別の魔法を使用したところを見たのかね?」
見たかどうか。
そんなことを言われれば、もちろん見ていないと言う他ない。
ディルクは一瞬、言葉を詰まらせるが、ここで引いてはならないとすぐに反論する。
「見てはいません。しかし、合理的に、客観的に考えて、そう推測するのが妥当だと考えたのです。現に作戦地点で観測された魔法は、今までのものとは全く異なるものだったというのは、記録として残っています。それが主張の根拠です」
そうだ。
『ライト・ピラー』と『リヴァイアズ・ティアドロップ』では、魔法の性質が根本的に違うため、観測できるものも違うだろう。
その観測手の言葉を聞けば、それがイノ達の弁護の根拠になるはずだ。
だが、テーリヒェンは微塵も動揺する素振りを見せなかった。
「フン、それに関しては、私が魔法技師君に頼んだだろうが」
「……は?」