第206話 攻勢の交渉
「それで、わしが否と言ったら、どうなると言うんじゃ?」
ギルベルトが姿勢を正すと、話の路線が変わった。
作戦の原因の模索でも、イノ達の糾弾でもなく、これからの話である。
「さあ、詳しいことは私には分かりません。ただ、仲間の多くは『ダンテ』の人間の多くに危害が及べば、王国も黙ってはいないという認識があるようですね」
エルステリア人はエルゼウス同盟によって、『炎神による加護』が約束されている。
帝国の戦争にエルステリア人が協力する代わりに、エルステリア人は帝国軍により保護される。
そんな同盟がある中で、帝国の人間が自分たちの保護下にある『ダンテ』の住人に手を出すということは、帝国と王国の関係に亀裂を生むもののはずだ。
詳しい同盟の内容を知り得ないので、具体的にどういった盟約があるのかは分からないが、そうに違いない。
「では、君達の条件を呑んだことで得られるわしらのメリットは何じゃ?」
「そんなものはありませんよ。これは脅しなのですから————強いてあげるとすれば、私が隠し持つこの新魔法を軍が得られるくらいですかね」
汗がたらりと、こめかみ辺りを通過する。
この発言は、明らかに帝国の意思に反するものだ。
本来なら、帝国軍の決定にイノのようなただの魔法技師が口を出していいものではないだろうし、ましてや脅迫など、正気の沙汰ではない。
新魔法だって、帝国軍の軍事費を用いて作ったものだ。
ならば、それは軍のものであって、イノ達が勝手に秘匿していいものではない。
イノは今、帝国軍の最高司令の目の前、ウォル・フォギアの中枢にいる。
こんなことを言って、どんな扱いを受けるか分からないのだ。
でも、ここで自分の意思を強く通さないと。
ここに来た意味がない。
「なるほど……我々がうんと言わなければ、ただ損をすると言いたいわけじゃのう……ただへりくだって、要求していた以前とは大違いじゃな。今の君とは、おもしろい試合が望めそうというものだ」
ギルベルトは試合という言葉を口にした。
「また、チェスですか?」
ピンと来なかったイノはその意味を問いただす。
また遊戯で、イノ達と帝国の行く末を決めようとでも言うのか。
「いやいや、それでは君に勝ち目などないじゃろう。わしは面白い勝負がしたいのじゃからな」
さらっとイノのチェスの実力を決めつけられた。
まあ、実際そうだろう。
前回の対戦で、勝つ気のない対戦だったとはいえ、力の底は見透かされているはずだ。
では、一体何の勝負をするというのか。
「やるのは————舌戦じゃ」
ギルベルトは片方の口角を釣り上げて、そう言い放った。
そして、イノの後方に視線を動かし、手招きをする。
後ろにいた二人の帝国軍兵士が駆け足でギルベルトの方に移動し、整列した。
ギルベルトは、息を大きく吸い、胸を張って————宣言した。
「ここに、抗議集団の言葉を受け入れ、『エンゲルス』の審議を行うことを決定する」