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第18話 赤い石の意味

「失礼する!!」




 突如、店の扉が勢いよく開け放たれた。


 そして、中に一人の男が勢いよく入ってくる。



 深紅の軍服に深紅の軍帽。


 雨でずぶ濡れになったそれらを物ともせずに着こなすその男は、帝国軍人だった。



 その男に続いて、ぞろぞろと軍人達が店内に入ってくる。


 全員が店に入りきると、最初に入ってきた軍人の後ろに一列に整列した。



「な、なに!?」



 騒ぎを聞きつけて、ウラが店の奥から出てくる。


 クルトは、ウラをかばうようにして、自分の後ろに控えさせた。



 前に立つ軍人が店内を見回し、カウンターにいる三人を見つける。



「本官はゲルヴィーン・カント少尉である! クルト・イステルはいるか!」



 その軍人が、大声を張り上げてこの店の店主の名を呼ぶ。


 クルトは怯えるウラから離れ、一歩前に出た。



「はい、俺です」



 クルトが前に立つと、少尉は後ろの軍人から差し出された写真と彼とを見比べ、本人であることを確認した。



「クルト・イステル……間違いないな」



 少尉は写真を持つ軍人を列に戻らせる。


 そしてクルトの前まで進み、懐からある物を取り出した。




「クルト・イステル、これを受け取りたまえ」




「……!」




 クルトの前に差し出されたのは、真っ赤な石だった。




 イノはその魔石のことをよく知っている。




「……さあ、受け取りたまえ」




 その魔石が渡される意味を、この場の誰もが知っていた。



 ウラは口を手に当てて目を見開き、フルフルと震えている。



 イノは、呆然とそこに立ち尽くしていた。




 石を渡されたクルトは、目を瞑って、息を大きく吸って吐く。


 そしてゆっくりと手を伸ばし、魔石を受け取った。



 石を受け取ったことを確認した少尉は、後ろに下がる。



 姿勢を正して再び声を張り上げた。




「ウォル・フォギア帝国、軍法第八十二条に基づき! クルト・イステルを帝国軍准尉とし、『エンゲルス』隊、隊長に任命する!」




「……ありがたく、拝命いたします」




 クルトは受け取った魔石を握りしめ、絞り出すように言葉を発した。


 魔石を持つその手は、ふるふると震えていた。



「では、失礼する」



 少尉と整列していた軍人達は、訓練された動きで回れ右をし、出口に向かう。


 そして雨の降る店の外、夜の暗闇にドタドタと靴の音を立てながら出ていった。



 軍人達を見送ったクルトは、ゆっくりとウラの方に振り返る。




「あなた……」




 ウラはクルトの元に近寄り、泣き崩れてしまった。


 胸を締め付ける彼女の悲痛な声が、イノの耳朶に響く。



 クルトは蹲って泣いているウラの元へ行き、その背中を支えた。



「いいんだ……これは、俺がやるべき仕事だから」



 優しく声をかけながら、涙を流すウラを強く抱きしめる。


 店主の胸に顔を押し付けて泣く、ウラのくぐもった泣き声のみが聞こえるのだった。



 イノの頭の中で、なんで、という声が木霊する。



 どうして彼なんだ……



 よりにもよってどうして……



 視界がグラグラと揺れるような錯覚に陥る。


 いっそこのまま倒れてしまえば、こんな悪夢は冷めるんじゃないか。



 しかし、ウラの泣き叫ぶ声が頭に響いて、そんな現実逃避は許されない。



「……」



 イノはもうそこにはいられなくなった。


 コーヒーの最後の一口も、結局飲む気になれない。



 イノは席を立ち、クルト達の脇を通って、静かに店の扉を開けて出て行こうとした。



「イノ」



 その時、クルトがイノの名を呼んだ。


 呼びかけられたイノはその歩みを止める。



「この魔石は、君が作ったのか?」



 クルトはあくまで優しく語りかける。


 そこに暗い感情は一切含まれていなかった。



 恨まれてもおかしくないというのに。



 イノはなんの嘘偽りも含めず、誠実にその問いに答える。



「はい、俺達が作りました」



 イノは後ろを振り返る勇気はなかった。



 彼の目を直視できない。


 振り返って彼らの姿を見てしまっては、また余計なことを考えてしまう。



「そうか……」



 イノの返事を聞き、クルトは手に持つ魔石をじっと見つめる。


 綺麗に整った形に、飲み込まれそうな深い赤色の石。



 クルトは再びそれを強く握る。


 そして、いつものように陽気な調子で言うのだった。



「君が作ったのなら、何も心配いらないな」



 クルトはニコッと歯を見せて、イノに笑いかける。


 それはいつも通りの、暗い感情を一気に吹き飛ばすような、明るい笑顔であった。



 イノはその笑顔を見ることができなかった。



 そのまま扉を開け、店の外に出ていく。




 外は雨が降っていた。



 随分と降った後なのだろう。地面は濡れており、至るところに水たまりができている。


 空には雲がかかっており、月はどこにも見えなかった。



 穏やかな日常が崩れていく様を目の当たりにした。



 尊敬する彼を、大好きな彼らが泣いている姿を、俺は見ていることしかできなかった。



 俺には、何かできただろうか。


 店に押し掛けた軍人の前に立ちはだかればよかったのだろうか。



 きっとそんなことをしても無駄だろう。



 何もできない。


 その事実が、心を暗闇に閉じ込める。




 明日には()()()()魔石を作っているかもしれない。




 俺はそれを投げ出すこともできず、明日も明後日も、その仕事を続けてしまうのだろう。



 いっそ、この手がなくなってしまえばいいのに————





 雨が降る道を、傘もささずに歩く。



 自分の手を、血が出るほど強く握りしめながら、イノは夜の暗闇を歩く。




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