第203話 立場か目的か
「即刻、射殺せよ!」
軍本部の正面から幾人かの兵を引き連れ、士官が現れた。
その顔は、ディルクにも見覚えがあるものだった。
ライムント・テーリヒェン大佐だ。
ちっ……また面倒なのが来たな。
ディルクはすぐに説得のために奴の元へ向かう。
「テーリヒェン大佐殿、ここは私が————」
助言を入れようと声を発した。
だが、薄目で蔑むようにぎろりと睨まれ、その助言を途中で中断させられた。
「ニューロリフト中将から言伝を預かっている。もしこのような集会、軍に反抗する動きが民衆にあった際、すぐに武力による鎮圧を開始せよと」
「な、なんだと……!?」
テーリヒェンの口から思っても見ない名前が出てきて、ディルクは面食らう。
どうしてヴィルヘルム様が……!?
いや、そもそもそんなことしたら、何が起こるのかわかっているのか……!?
一体、何を考えて……?
「ヴィ、ヴィルヘルム中将閣下はどこにいらっしゃるのですか!?」
「彼なら留守だ。その代わりに私がここを任されたのだ」
そんな……
ディルクの言は、けんもほろろに跳ね返されてしまう。
上官に逆らうことはできない。
こうなってしまうと、ディルクは手出しが難しかった。
凝り固まった思想にとりつかれた人達。
その思想にそぐわない人間を排除しようとする意思が前面に出ていた。
「銃隊、前に出よ!」
対人用の鉄砲を持った帝国軍兵士達は、テーリヒェンの命令により一斉に正門へと出動していく。
彼らに善悪の判断はない。
ただ上の者の命令に従うのみだった。
「ま、待って————」
ディルクは銃隊に声を出して止めようとした。
しかし、またしてもテーリヒェンに蔑むような冷たい視線を送られる。
「なんだ君? たかが少尉の分際で高官に逆らうのか?」
「……!」
彼の自分の立場を使った威嚇に、ディルクは身動きを封じられた。
既にセシリア達へと向かっていった兵士達は、警告と共にその機関銃を突きつけている。
どうすれば……
ここで止めなければ……
でも、もしここで無理やりにでも止めれば、一転して俺は自分の立場を失うことになる。
これまで、家柄と言えるものもなく、自分の力だけで努力し頑張ってきた。
その身分の低さに泥水を啜り、血反吐を吐いたことだってある。
ヴィルヘルムをはじめ、何人もの人達に助けてもらった。
死に物狂いで勝ち取った士官の立場を手放すことは、これまでの自分と、助けてもらった人達を裏切る行為に他ならない。
『————今すぐに解散せよ。さもなくば、発砲する』
最終警告と共に、発砲の準備がされる。
決断しなければならない。
だが、ディルクにはとてつもなく重い決断であった。
どうしたら————
ディルクが判断に迷い、一歩を踏み出せないでいた————その時。
二つの集団の間に、一筋の光のようなものが落ちた。
「!!」
「な、何事だ!?」
天から大槍が降ってきたのかと思うほどの衝撃で、少し地面が揺れ土煙が舞い上がった。
両陣営とも、突然の出来事に混乱する。
土煙が晴れて、その中心から現れたのは、白銀の鎧。
「あ、あれは……!?」
ルビア・アマデウス・ニューロリフト。
真紅のオーラを身に纏った、赫耀の騎士であった。