第183話 熟考
「君達は何も知らないか……」
パスカルは一通り、事情を説明した。
作戦の結果、帝国側の死傷者数、弾着観測による魔法の様子。
そして、アイナ達が極刑に処されることも含めて。
アイナ以外の部隊員は既に聞いていたらしく、別段パニックになるようなことはなかった。
一連の出来事に驚きはしたが、事の経緯が理解できないことはない。
その後、彼は知っていることはないかとアイナ達に質問した。
もちろん、アイナ達は全くと言っていいほど何も聞かされていない。
作戦仕様書に書かれていること以外は、何も知らないと答えるしかなかった。
「————そうかい」
アイナの返答を聞くと、パスカルが少し肩を落とす。
その様子がどうやら狂犬の勘に触ったらしい。
「てめえ……人を罪人みてえにやいのやいの言いやがって……! 俺達が何も小細工してねえのは俺達を監禁してしごき続けた軍の奴らが一番よく知ってるだろうが!」
ロベルトは頭の血管を浮き立たせて噴火する。
パスカルの胸倉を掴んで引き上げた。
行き場のない憤りを手当たり次第にぶつけているのだ。
ほんの少し前であれば、チームメンバーにもその火の粉が飛んでいた。
「落ち着いてロベルト、パスカルさんは私たちを刺激しないように、軍人に代わって私達に話を聞きに来てくれたのよ。彼を責めるのは違うわ」
マルゴがロベルトの患者衣を引っ張ってなだめる。
だが、それだけではロベルトは止まらない。
「俺達が誰のために命張って戦ったと思ってんだ!? 魔族のクソ野郎どもはぶっ殺したんだからそれでいいだろうが! それをよりにもよって死刑なんてふざけんのも————」
「ロベルト」
自分の口から思った以上に低い声が出た。
アイナの声を聞いて、ロベルトの口がぴたりと止まる。
「少し黙ってて」
「……」
一気に、周りが張り詰めたように静かになる。
正面にいるパスカルが、目を丸くしてこちらを見ていた。
小動物のようなアイナが、狂犬に対してこんな態度を取れるのが意外だったのだろう。
「……チッ」
しばらく間があった後、ロベルトは舌打ちをして腰を下ろす。
まだ何かいいたげだったが、ひとまずその怒りを抑えてくれた。
少し静かになって欲しかった。
それくらいに今の私には、考えなければならないことがある。
「その様子……何か心当たりがあるんだね?」
パスカルがアイナに問う。
発動した魔法が『ライト・ピラー』ではなく、別の魔法だった。
それは、『ライト・ピラー』に代わって、魔族達を殲滅するもの。
これだけで、アイナは確信していた。
ついに————
ついに、やったんだね。
呪われた魔法に代わる、変革の魔法を————
アイナはほんの少し、感動に打ち震える。
第七班の悲願だった魔法を、エルステリア人の運命を変えたのだ。
これから、帝国と『サン・ミッセル王国』の未来は大きく変わっていくことだろう。
間違いなく、讃えられるべき英雄は私達じゃない。
私の大好きな、かつての仲間達だ。
ようやく、彼の努力が、彼の苦悩が、報われる日が来た。
ようやく、彼だけが苦しまなければいけない世界が終わったのだ。
ようやく、彼は自由になったのだ。
ただ————
それと同時に、疑念と怒りもある。
すり替えたのはきっとあの時。
よくよく思い返せば、あのタイミングでセシリアがアイナのところに来るのは不自然だ。
魔石に不備があったから取り替えるという理由もかなり無理やり。
あの時はアイナも心の余裕がなかったため考えが回らなかったが、間違いなくあそこで新魔石に取り替えられていた。
重要作戦の前日に本部に忍び込んで魔石を取り替えるなど、反逆と捉えられても仕方のない行為だ。
どうしてそんな無茶な真似を……?
正式な魔石としてではなく、わざわざ軍本部に忍び込んで無理やり取り替えるなどという暴挙に……?
以前までの彼であれば、そんな身勝手で後先考えないような行動はしなかったはずだ。
一体誰に影響を受けたというのか。
いや、軍本部に忍び込むなどという離れ業ができて時点で協力————
「隊長……?」
マルゴに声をかけられて、アイナは我に帰る。
気付けば、周りのみんながアイナに注目していた。
私の次の言葉を待っている。
「大丈夫かね?」
「ええ————大丈夫です」
アイナは考えるために、前屈みになっていた姿勢を戻し、一呼吸おく。
こうなった以上、私のやることは一つ。
望みもただ一つだ。
私達が生還したことで、この後どうなるかは大体想像できる。
アイナは立ち上がり、エルステリア人の代表者、パスカルを真っ直ぐと見た。
「私が思い当たったことは全てお話ししましょう。その代わり、私からもあなたにお願いがあります」