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第175話 隊長の姿

 私は大きく深呼吸をし、額に浮かぶ汗を拭う。


 そして、軍の輸送機内に設置されている座席に腰をかけた。



 目を閉じて、くすぶった感情と荒い呼吸を落ち着かせる。



「……大丈夫ですか?」



 すると、一人の女性がアイナに声をかけてくれた。


 『エンゲルス』の副官にあたるマルゴ・フラグさんだ。



 パーマのかかった綺麗な金髪の彼女は、一番最初にあった時の自信のない感じはもう無く、立派に副官としての務めを果たしてくれている。


 彼女は優しくアイナの髪を触り、櫛ですいてくれた。



「うんうん、気にしないで」



 アイナは努めて明るく彼女に返答する。



 だが、心の奥底にある不安は決して拭いきれない。




 ここはもう遥か空の上。



 上空9000メートルを飛行する軍用長距離輸送機の中である。



 数時間前、中隊規模の先遣隊が敵魔族軍と接敵、攻撃を開始した。


 地上部隊が陽動している間に、アイナ達『エンゲルス』が発進し、高高度で作戦領域の中心部へと巡航している。



 輸送機が離陸してしまえば、もうアイナ達に逃げ道はない。



 作戦開始まで、残り十分程度。



 座して死を待つのみである。




「はぁ……」




 手がかじかんだように冷たい。


 少しでも温めようと息を吹きかけてみるが、変わらず震えが止まらなかった。



 セシリアにもっと自分勝手に、自由に生きていいんだよと言われた。


 その言葉で肩の荷が降りたのは事実だ。



 だがそれと同時に、目の前に迫る『死』という恐怖に、体が支配されてしまっていた。



 自分に正直になるということは、自分の中に宿る感情を受け入れるということになる。


 心を包んでいた防壁を取り払い、その感情と真っ向から向き合う必要があるのだ



 アイナの前に現れたのは、底知れぬ恐怖。



 『死』という暗くてとてつもない重圧。


 一寸先は闇なのではないかという形容し難い不安。



 ずっと見て見ぬ振りをしていたものが、とても大きなものになってアイナを見つめていた。



 今までの『エンゲルス』の人達も、みんなそうだったのだろうか。


 だとしたら、今までの人達はみんな恐ろしく精神の強い人達なのだろう。




 私には、耐えるのが難しい。




「……怖いな」




 ぽろっと、口から弱音が飛び出てしまった。


 ハッとしてアイナは自分の口を塞ぐ。



 私……隊長なのになんてことを……!?


 一番しっかりしなきゃいけない立場なのに……!



 だが、口に出してしまったものをもう取り消すことはできない。


 恐る恐る顔をあげてみると、案の定、みんながアイナの方を見ていた。



 このままじゃ士気が下がってしまう。


 なんとか取り繕おうと咄嗟に口を開こうとしたが————




「ダハハハッ!!」




 すると、向かいに座っていた男が笑い声をあげた。



 ロベルト・ヴァンダー。


 『ダンテ』地区の荒くれ者。



 素行の悪さと我の強さで、アイナとはよく衝突していた。


 アイナと真反対の性格で、苦手とするタイプの人間であった。



「やっと、本性を見せやがったな。隊長さんよ」



 彼は立ち上がってこちらに歩み寄る。


 ガニ股の彼の歩き方はまさに路地裏の悪党のそれであり、おらついていた。



 だが、声音は今まで聞いたことのないくらい優しいものだった。



「ガキのくせにいつも気丈に振る舞いやがって、そんなキャラじゃないって初めて会ったときから気づいてたんだ」



 俺よりも年下の女が。


 どう見ても自分よりも力も心も弱そうなやつが。



 率先して前に出ている。



 矢面にも立つし、チームのいざこざにもその全てに首を突っ込む。



 無理をしていることなんて、とっくの昔にバレていた。




 後頭部を掻きながらも、ロベルトは真剣な眼差しでアイナを見つめる。




「あんたは立派だったよ。あんたのおかげでみんなついてきた。あんたがいなかったらチームは成り立っていなかった」



「いやでも……私は隊長として————」



「隊長だろうがなんだろうが、あんたもただの人間だろ。最後ぐらいただのガキでいたっていいじゃないか」




 自分勝手な子供のままでいい。


 隊長だとか、軍の虎の子だとか、そんなのはこの際関係ない。



 自由に生きていい。


 セシリアにも、同じようなことを言われた。



「私も、あなたの振る舞いに感銘を受けて、この地獄への旅についていこうと決意したんです」



 副官のマルゴがアイナの頭上から優しく声をかける。


 周りを見渡してみると、同じ気持ちだとみんな深く頷いていた。



 みんなが、私を見て。


 頑張って、時には無理をして、前に進もうとする私を見て、みんながついてきてくれた。



 マルゴはアイナの頭を抱きしめる。



「だがら、あなたの力になりたいんです。もっと私達を頼っていいんです」



 彼女の言葉が、心の奥底に響く。



 だめだな。


 最後になってまで、色んな人に助けてもらってばっかり。



 気付かされることばかりだ。


 確かに私は、あの帝国士官が言っていたように史上最低の隊長なのかもしれない。




 ざわついていた心が、水面のように澄み渡っていくのを感じる。



 アイナはもう迷わない。


 立ち上がって、またみんなのリーダーになれる。




「みんな……ありがとう」




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