第172話 性(さが)
「どーーーーーーん!!」
「!!!??」
変な効果音とともに、誰かが勢いよく扉を開け中に入ってくる。
永遠とも思われた静寂の中に突如響いたへんてこな爆発音。
アイナは心臓が飛び出そうなくらいに驚いた。
し、襲撃!?
驚愕のあまり、椅子から転げ落ちたアイナは、恐る恐る侵入者の方を伺う。
橙色の髪に太陽のように明るい瞳。
女性らしくもたくましいシルエットは、腰に手を当て、口角をニッとつり上げていた。
「セ、セシリア!?」
そこにいたのは、アイナの大好きな親友の姿だった。
アイナは夢を見ているのかと思い、目を擦ってみるがその幻影は消えない。
間違いなく、セシリアがそこにいた。
「よっ! 久しぶり!」
「ど、どうしてここに!?」
アイナは弾かれたように起き上がって、ここにいる理由をセシリアに訊いた。
頭の中にいろいろな心配がよぎる。
アイナの居場所はこの作戦の最重要機密であり、セシリアがそれを知ることはできないはず。
それにここに来るまでに、アイナを護衛————あるいは監視————するように言われた帝国軍人達が何人かいたはずだ。
それを、まさか強行突破してきたってこと……?
アイナは目を見開いて、セシリアの答えを待つ。
「えっと————正直に伝えて不安にさせるのはまずいかな……」
「え? なんて?」
セシリアは目を逸らして何かをゴニョゴニョと言っていた気がしたが、アイナは聞き取れなかった。
すると、彼女はオホンと咳払いをし、アイナにここにきた目的を伝える。
「ああいや、現状の魔石に不具合が見つかったから新しい魔石と取り替えに来たんだよ」
「……」
明らかに怪しい。
セシリアが慌てたようにそう言い、目を泳がせてるのがいい証拠だ。
アイナは怪訝な顔をしてセシリアを見つめる。
セシリア自身、少々息も上がっていてどこか慌てているのが見て取れる。
『エンゲルス』の居場所は極秘事項であるが、もし、オスカーが一緒に来ているのであれば、アイナ達を探し出すのは可能だ。
そして、何人もの兵士がいる中で、誰も傷つけず、事を荒立たないように、ここまで来れるのはーーーー
あの人がいるからに違いない。
「来てるんだね……? イノもここに」
未だにセシリアは目を逸らそうとしているが、アイナはそれを逃さぬように真剣な眼差しを向ける。
セシリアは嘘が苦手だ。
真っ直ぐで豪快な性格の彼女は、人を騙すという後ろ向きな行為に慣れていない。
親友であるアイナから見れば、一目瞭然であった。
「えっと……そのーーーーはい」
アイナの圧に痺れを切らしたセシリアは、観念したように頷く。
「どうして、そんな危険なことを……!?」
語気が強くなってしまうのは当たり前だ。
作戦前日に軍の『虎の子』に接触しようなど、規則違反という騒ぎでは済まない。
もし帝国軍人に捕まったり、無理に抵抗しようとするものなら、その場で殺されていたことだってあり得る。
いや、もうイノ達の工作は既にバレているかもしれない。
そうなった場合、イノ達はとてつもなく重い罪を課せられることになるだろう。
そんなリスクを、いつものイノだったら絶対冒さない。
誰よりもエルステリア人の魔法士を尊敬し寄り添ってきたはずのイノであれば、特別作戦を台無しにするようなことはしないはずだった。
「やっぱり……私だから……!」
私がまだ縛りつけているから。
イノはこんなことをしてしまったんじゃないのか。
私への優しさが、イノの信念を曲げてしまった。
私が好きで尊敬していたイノはいなくなってしまったのか。
アイナの呪いはアイナが死んでも無くならない。
私は解放してあげたかった。
大好きなあの人を、仲間達を、私を守るという呪いから解き放ってあげたかった。
だけど、無理なんだ。
みんなが優しすぎるから。
「明日……私は死ぬんだよ。もう会うことはない私なんかを構う必要なんてないでしょ……」
胸を抑え、悲痛な声を出すアイナ。
真剣にセシリアを見つめて、自分の思いを伝える。
第七班にいる時のアイナには、人に真っ直ぐ思いを伝えるなんて出来なかったことだ。
イノ達と離れて、色々な人と関わって、自分の弱さを知った。
居心地のいいつながりから離れたからこそ、気づけることもあった。
色々な感情を知った。
大切な人ために怒れるようになった。
ちょっとは強くなったんだよ。
強くなれる自分を知ることができて、私は嬉しかった。
だから、イノ達にも強くなって欲しいんだ。
私を踏み台にして、もっと強くなって欲しかった。
人はきっと一人になった方が強いから。
アイナ・パップロートというつながりを断ち切って、イノはより信念を固めて、前に進んで欲しかった。
なのにーーーー
「どうして……みんな来るの……?」
だめだ。
アイナの目から涙が溢れようとする。
泣かないって決めてたのに。
私の大好きな親友、私の大好きな人、みんなが来てくれて、気持ちが揺らがないわけがない。
寂しいとか、怖いとか、死にたくないとか。
そんなネガティブな感情は置いてきたはずなのに。
ちゃんと、強くなれたと思っていたのに……
なのに、どうしてーーーー
「どうして、私を忘れてくれないの……?」
一筋の涙が、アイナの頬を伝う。
胸を掴む自分の腕が、震えてしまっていた。
だが、その時ーーーー
セシリアの両手が、アイナの頬に添えられ、顔を上げられる。
彼女は顔をアイナに近づけ、真剣な声音で言った。
「思い上がるなよ」