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第14話 胸の奥の痛み

 ルビアが廃工場を制圧した直後、帝国軍の治安警備小隊がその場に駆けつけた。


 そこに巣食っていた闇組織の一斉検挙が行われる。



 どうやら違法な武器や麻薬を外国から『レグルス』に密輸し、街中で売買することで稼いでいたようだ。


 商品が一体どこの誰に売られているのかは、調査してみなければ分からない。



 部外者であるイノが、その先を知ることはないだろう。



 軍人達が倉庫内の荷物を並べたり写真を撮影するなどして、現場検証を進めている。


 だが、そこにいた誰もが浮かない顔をしているのに気づいた。



「……なんでこんな街の外れまで来ないといけないのだ。こんなところで()()()()などしていても意味ないだろうに」



「しょうがないではないか。ニューロリフト家のご令嬢の頼みだったのだ。無視するわけにはいかんだろう」



 彼らから、愚痴のような話し声が聞こえてきたような気がした。


 イノは聞こえなかったふりをする。



 あまり聴いていて気持ちのいいものでもないと思ったから。




 辺りを見渡して、ルビアが工場入り口付近にいるのを見つけた。


 人質とエルステリア人労働者の安否確認を行なっていたみたいだ。



 多いのは20代から30代のエルステリア人男性。


 みんな痩せていて、頬がこけている。



 運び屋に変えの聞くエルステリア人を使っていたようだ。



 また、女子供の姿も見受けられる、こちらは、エルステリア人だけというわけでもないらしい。


 その格好、手首にある手錠の跡から察するに、人身売買も行われていたようだ。



 全員がまるで地獄に落とされたような表情をしている。


 ここで一体どんな扱いを受けていたのかは、想像に難くない。



 横目でルビアの顔を伺うと、彼女は怒りのままに虚空を睨みつけていた。


 ここにいる人達の奴隷のような扱いを看過できないのだろう。



 改めて、彼らの方に目を向けると、一人の青年と目が合った。



 そこにいたのは、二日前に会ったエルステリア人労働者。


 路地裏でゴロつき共に足蹴りを受けていた、痩せた男だった。



「どうしてこんな事をしたんだ!」



 目が合った瞬間、青年は声をあげて訴える。


 絶望をその顔に貼り付け、イノとルビアの元に駆けてきた。



「助けてくれなんて言ってないだろう! こんな事をして、明日から俺達はどうやって食っていけばいいんだ!?」



 この国におけるエルステリア人の生活は非常に厳しい。


 職を失うということが、明日を生きる上でどれだけ致命的なのか。



 例え、その仕事がどれほど泥に塗れ、黒く荒んでいても。



「俺達の関わっていることが悪いことだっていうのは初めからわかっていたさ! でも、こうでもしないと生きていけないんだよ! 養わなければいけない女房も子供もいるんだ! これからどうしてくれるんだ!」



 彼らにも大切な人がいる。


 大切な人を守るためならなんだってする。



 人種が違えど、彼らもイノ達と同じ人間なのだ。




 ルビアは彼らの主張を一身に受ける。


 彼らの訴えるような、(すが)るような視線を全て浴びる。



 だが、それに狼狽(うろた)えることはなかった。


 胸を張って、ルビアは言い放つ。



「己を落とすな」



 力強く、よく通る声。


 その声は、彼らの悲痛に歪んだ表情を、全てリセットした。



「生きていれば、恥ずべきこともあるだろう。それでも、自分の価値を下げるようなことだけはするな。胸を張って生きるべきだ」



 胸を張って生きられず、ずっと日陰で誰かの目を盗んで暮らす。


 それは、生きているとは言わない。



 生者とはかけ離れた、生に(すが)り付く亡者だ。




「人を頼って、人に尽くしなさい。この世はそんなつながりでできているんだ」




 ルビアはそう言い残し、廃工場の方へ戻っていった。



 自分を下げるのではなく、誰かを下げるのではなく。


 誰かのために行動する。



 そうすることで自分の価値は上がっていく。



 それが、彼女の言う()()()()というものなのだろうか。




 ルビアの発言にそこにいた人達は皆、呆気に取られて固まっていた。


 言いたいことだけ言って……この空気どうすんだよ。



 イノは感情の行き場を失っている若い青年の元に歩み寄った。



「難しい事を言うよな。誰だってあんな風になれるわけじゃない」



 俺もルビアみたいに胸を張って何かを言える人間じゃない。


 そうなりたいとも別に思わないし。



 だから、自分なりに。


 自分のできることからだ。



 イノはとある住所を書いた紙切れを彼に渡した。



「『ダンテ』のこの喫茶店に行ってみるといい。ここの店主に相談すれば、いい仕事を紹介してくれるかもしれない。まずは同胞に頼ってみることから始めるのが、まあ楽なんじゃないか?」



 急に誰かのために尽くせなんて、そう言われても難しい。


 まずは、自分の好きな人のために、助けたいと思う人のために、行動する。



 そんなエゴから始めればいい。



 イノから小さいメモを受け取ると、彼の目からボロボロと涙が溢れた。



「すまない。ありがとう……!」



 青年はその場にうずくまり、感謝を述べるのだった。



 これでうまくフォローできただろうか。


 まったく……これのどこが魔法技師の仕事だと言うのだ。



 憎まれ口を叩こうと、イノはルビアの元に向かった。



 ルビアは先ほどまで彼女が戦っていた、倉庫の大棚の前に(たたず)んでいた。



 押収品なのか、棚の前に落ちている紙を拾い、それをポケットにしまう。


 その時、彼女がどんな表情をしているのか、イノには見えなかった。



「この世界は間違っている……! 弱き者を犠牲にして、利益や保身を得ようとする者ばかりだ」



 拳に力が入っているのが見て取れる。



 ルビアは人質達の受けていた扱いを知り。


 そして、この国の現状を知り。



 憤りを隠せずにいた。



「そこにどんな大義があったとしても、その犠牲が戻ってくることはない。その者にはどれだけの家族、夢、未来があると思っているのだ。正当な理由があったとしても、私はそれを許すことなんてできない……!」



 この国の中で、これが大義であると(うた)いながら、()()()を蔑ろにしていることをルビアは知っていた。


 国が率先してそれを行なっていることを。



 もし、国がもう少しエルステリア人のことを気にかけていれば、こんな事件も起こらなかったかもしれない。



 ルビアの怒りは、この国に対してのものであった。




「————すまないな、今の言葉は軍に仕える者として不適切だ。忘れてくれ」




 その時には、ルビアは帝国士官としての彼女に戻っていた。


 身を翻し、イノの横を通り過ぎる。



 イノはなぜか、彼女の顔を直視できなかった。




 胸の奥が少し痛むのを感じた。




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