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第158話 前夜

 雲一つなく、一層涼しさを感じさせる夜の闇。



 教室の明かりを消せば、イノ達も闇に包まれ、頼れるのは外にある微かな月の光だけだった。




「準備できたか?」



「うん! ばっちり!」



「問題ないです!」




 イノ達、第七班の格好はいつもと違っていた。


 いつもの薄鈍色の作業服ではなく、身に纏っているのは深紅の軍服。



 帝国軍の兵士を表す、真っ赤なシンボルを心臓に背負った軍の制服であった。



「まさか、俺が軍服に袖を通す日が来るとはな……」



「リーダー、まさかとは思いますが作業服の上から軍服を着たりしてませんよね……?」



 何をそんな目でみることがあるのだろうか。



 まあ今回、体は身軽な方がいい。


 走って逃げることになればそれこそ最悪のケースだが、咄嗟に体をよく動かせるようにした方がいいと思い、軍服の下は下着だけだ。



 別に作業服の上に軍服を着ることがおかしいとは思っていないけれど……




 作戦は非常にシンプルである。



 ルビアの手引きで警戒レベル最大の軍本部に潜入するため、イノ達三人はルビアの部下という体で彼女についていく。


 そして、本部のどこかにあるはずの武器庫に入り、『ライト・ピラー』の魔石を、新魔法の魔石と取り替える。



 若干、不透明な部分が目立つ作戦内容だが、()()()()()()という非常に安全性の高いステータスがあるので、おそらく危険はない————と思っている。



「しかし、こうやって着てみると、軍服って結構かっこいいですよね〜!」



「そ〜お? もっと可愛い方がよかったかなぁ」



 自分が着込んだ軍服に思い思いの反応をするセシリアとオスカー。


 遠足気分とまではいかないが、いつもと違う状況に気分が高揚しているようだった。



 彼らの態度に、後ろ向きな感情は見受けられない。



 イノは少しだけ気がかりなことがあった。




「……お前ら、本当によかったのか?」



「? 何がでしょうか?」



「その……こんなことに巻き込んでしまって」




 二人に向かって、イノは今一度確認する。



 アイナを助けたい。


 そう言ったのはあくまでイノだけだ。



 軍本部に潜入して、最重要兵器を取り替えるという行為は、明らかな軍への反逆行為である。


 なんなら重罪である。



 作戦が遂行されれば、イノ達の犯した行為はどう足掻いても明るみに出ることになるだろう。



 どんな処罰が下されるか分からない。



 それが分かっていて二人を巻き込むのは、この潜入作戦で唯一気が進まない部分であった。




 しかし、二人は顔見合わせると、溜め息を吐いてやれやれといった表情をした。



「リーダーの独断専行なんて、今に始まったことじゃないじゃないですか」



「ほんとだよ! 今までどんだけあんたの気分一つで、あたし達が巻き込まれてきたと思ってんの!?」



 チームメンバーの二人から容赦のない言葉が浴びせられる。


 心当たりがありすぎてぐうの音も出ない。



 それくらいイノは、今まで二人を引っ張り回してきた。



 オスカーは複雑な表情をしているイノを見て、ちょっとだけ吹き出す。



「あはははっ……まあでも、今回のリーダーの決定には、反論の余地なしです」



 たまにリーダーって、ぶっ飛んだこと言い出しますよね。


 オスカーはそう言いながら、まだくすくすと笑っている。



「そう、本当は待ってたんだよ。あたしもオスカーも」



 セシリアはイノの肩を軽く拳で叩く。



 アイナのことを過去のものにしようとしていた。


 心の中で手を伸ばそうとする自分を無視して。



 新魔法の完成のために散る英雄として心に留めておこうとした。



 でも、やっぱり諦めきれなくて。



 だからこそ、イノを待っていた。



 イノが立ち上がるのを。



 また何か無茶振りを、あるいは無謀なことを言ってくれるのを待っていたのだ。



「————ついてきてくれるのか?」



 改めて、二人に聞く。


 イノが始めたこの開発の最後を、物語の行く末を、一緒に見守ってくれるのか。



 その問いに、セシリアは満面の笑みを浮かべた。



「当たり前だよ! あたしもアイナを助けたい!」



「痛っ、いてえし……」



 セシリアはばんばんとイノの肩を連続で殴る。


 なんだか最近こうやって殴られることが増えた気がするな。



 前より遠慮がなくなったのかもしれない。



「僕達は罰せられるかもしれないですが、まあ多分死にはしないでしょう。だったら、選ぶ道は一つです!」



 オスカーも四角縁の眼鏡に手を添え、いつもの丁寧口調で答える。


 あくまで冷静に、リスクリターン、自分達の罪とアイナの命を秤にかけて考えるところはオスカーらしい。



 だからこそ、何よりも信じられる。



「みんな、ありがとう」



 感謝の言葉は自然と口から出る。


 二人とも嬉しそうに、頷いてくれた。



 二人の顔を見た後、イノは振り返り、教室の黒板の方に向かう。




「さて……最後の仕事だ」




 イノはいつも開発を始める時のように付箋に文字を書いた。




 『アイナを救う』




 付箋にはそう書かれている。




 そして、それを黒板の中央に貼り付けた。




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