第13話 赤髪碧眼の騎士
倉庫内は暗く、靄がかかっているかのようにも見えた。
頭が痛くなりそうなカビ臭さと埃っぽさが辺りに漂う。
その機能を果たさなくなった窓から淡い月の光が入ってくることで、ようやく倉庫内の輪郭が見えていた。
中身が何かも分からない荷物が棚にずらっと並べられている中、その中央のぽっかり空いたスペースに、男達が集まっていた。
「一……二……奥にも何人かいるな」
目視で確認できるのは、全部で八人。
大柄の男達が煙草を吸いながら、運搬した荷物について何かを話し合っているのが聞こえる。
彼女の自慢の耳と鼻が見えないところにも人がいると察知しているが、それが伏兵なのか、保護するべき民間人なのかまでは判断できない。
「もたもたしていると移動されるな。ここで掃討する」
「おいおい、通報したんだろ? 援軍を待たなくていいのか?」
イノは咄嗟に彼女を止める。
しかし、今回はむすっともせずにただ真剣な顔をしていた。
「奥で啜り泣く声がする。一刻も早くここから解放してあげねばならない。弱き者を救うのが私の使命だ」
彼女の奥で火が燃えているのを感じた。
それは、最初に会った時の眼差しに似ている。
正義の味方として、決意は硬いようだった。
それを見て止められないと悟ったイノは、ふうっと一呼吸ついた。
「……分かった。武器の説明をするから、少し時間をくれ」
イノはルビアの武器、『ヒート・ブレード』を手渡す。
第七班で引き取って、いくつかの調整を行なっていたのだ。
魔法技師として、依頼人に変更点を伝えておく必要がある。
「まず————『ヒート・ブレード』に魔力伝送効率を制御できる機能をつけた。手をかざしてみろ」
ルビアが言われた通りに手を剣にかざすと、青色の魔法陣が現れた。
そして、陣の上につまみのような形の制御画面が表示される。
「なんだこれ! すごい!」
「これで『ヒート・ブレード』の出力を制御できるようになっている」
今まではルビアの魔力をそのまま刀身に送るようになっていて、ルビア自身が魔力制御をする必要があった。
それを魔法武器側、魔法制御機構に任せる。
ルビアは中、大規模戦闘に特化した魔法士で、相手取るのは人間ではない魔獣、魔族ばかりかと思っていた。
しかし、治安部隊としての業務で普通の人間を相手にすることもあるという。
その時に、モンスターを倒すほどの威力で人間を相手にしていたら、とんでもないことになる。
今まではルビア自身の魔力制御でどうにかなっていたようだが、今後はそれを魔剣側にやってもらうようにすれば、ルビアも戦闘が楽になることだろう。
————と、いろいろ説明したが、なんか危なっかしい機能をつけようとしているセシリアを押さえつけ、なんとかこれくらいになったのである。
ニューロリフトに代々伝わる武器を、あまり色々いじるのはまずいかもしれんし……
「あと、これも持っていけ」
矢継ぎ早に説明した後、懐から眼鏡型の魔法道具を取り出し、ルビアに強引にかけさせる。
欠けた瞬間に変化が起こったのだろう。
ルビアはギョッとして目を見開いた。
「ぬおっ! これは?」
「熱源を光で映してくれる眼鏡だ」
これはオスカーとアイナの作ったものだ。
だいぶ前に製作していたもので、うちの倉庫の肥やしになっていたのを持ってきた。
「視界が悪くても熱源で相手の位置を感知できるはずだ————これは、うちの武器庫から持ってきたやつ、うまく使ってくれ」
「煙幕か?」
手渡したのは、手榴弾型の発煙装置。
丸みを帯びた塊の真ん中に朱色の魔石を仕込んでいる。
煙を発生させるための混合物を、炎魔法で爆発させる仕組みだ。
「本来ならその眼鏡、1メートル先も感知できない代物なんだが、あんたの魔力量と適正なら使いこなせるだろう」
帝国を長らく守護してきた武家のご令嬢。
魔法士としての実力はトップクラスと聞いている。
だからこそ、軍のエース。
これくらい、使いこなしてもらわなければ困る。
「あまり小細工は好きではないのだが————ありがとう、使ってみるよ」
ルビアは剣を腰に添え、眼鏡をかけたまま物陰から立ち上がる。
一気に威圧感が増した。
これが彼女の戦闘モード。
さあ、お手並み拝見といこう。
「帝国軍だ! 抵抗するな!」
ルビアは、工場にいる全員に聞こえるように声を張り上げた。
そこにいる全ての人間がルビアに注目する。
「誰だ! どっから入ってきやがった」
「軍服だぁ!? 帝国の犬が何しにこんなところまで来やがった!」
半ば反射的に、男達はルビアに怒号を浴びせる。
野生動物が威嚇するのように、侵入者に対して睨みつける。
「大人しく降伏すれば、危害は加えない。さあ、自分の罪を認めなさい」
ルビアは治安部隊として、容疑者に対し投降するよう指示する。
しかし、育ちの悪い自国民達は、その命令を全く聞き入れなかった。
「威勢がいいのはいいけどよぉ、女一人で来たのは間違いだったな!」
「俺たちのバックに誰がいるのか分かってんのか!? 軍人の姉ちゃんよぉ!」
ルビアの命令を、男達は笑い飛ばす。
自分達のやっていることは悪だと分かった上で、こんな態度をとっている。
性根が腐っている悪党達だ。
ルビアは溜め息をつく。
「ゲヘヘ……これを見られちまったらもう帰すわけにはいかねえ、野郎どもやっちまえ!」
血の気の多い男達は、刃物、棍棒、あらゆる武器を構え出す。
そして、雄叫びを上げながら、一斉にルビアに襲いかかった。
「あくまで刃向かうか! ならばしょうがない!」
ルビアは剣の鞘を強く握り、銀色の刀剣を引き抜く。
魔剣『ヒート・ブレード』
ニューロリフトに伝わる名刀であり、その切れ味は竜の鱗をも容易く切り刻むとされていた。
窓から入る月光に照らされた剣は、ルビアの魔力によって徐々に赤く染まる。
ルビアは鞘から剣を抜いた勢いのまま、向かってくる悪党の足元を切り払った。
「うおおおっ!」
「あ、あつぅ!」
『ヒート・ブレード』が熱風を放ち、向かってきた悪党を一撃で後方に吹っ飛ばした。
ルビアに近かった者ほど遠くに吹き飛ばされ、彼女から遠くにいる者でもその衝撃で膝をつくほどだ。
出力最低なのにこの威力とは。
たった一振りで、ルビアの底しれぬ魔力の強さが示されていた。
「はああっ!」
ルビアは一気に距離を詰め、体制を崩した男達に迫る。
目に見えないほどの速さで剣を振ると、男達は魂を抜かれたようにその場に伏せる。
的確な峰打ちで意識を刈り取っているのだ。
「こ、こいつ!!」
突如、後ろからナイフを持った男が攻撃を仕掛けてくる。
だが、それがずっと前から分かっていたかのように、ルビアは剣を後ろに構えて受け止めた。
そして、前から向かってくる別の男の鳩尾を殴り、一瞬で気絶。
ナイフの男を剣で弾き返し、後頭部に回し蹴り。
まるで舞踊を踊るかのような身のこなしであった。
そんな調子で、悪党どもを次々とダウンさせていく。
「銃使え! 品物だろうとなんだろうと使っちまえ!」
正面にいる三人が、木箱から小銃を取り出して構えた。
しかし、ルビアは意に介さない。
一瞬で距離を詰め、斬る。
男達の武器は『ヒート・ブレード』の熱で溶断された。
「な、なんじゃこりゃあ!! どぅはああっ!」
武器を失ったその三人を、目にも止まらない速さで蹴り飛ばす。
ルビアは完全にこの場をコントロールしていた。
彼女が相手にしていたのは人間よりも上位の存在である魔族だ。
それがごろごろいるような戦場で大きな戦果を上げたことで、『赫星』という異名までついたのだ。
そんな最強の兵士が、こんなごろつきに遅れをとるはずはなかった。
しかし、その戦場にはなかったファクターが、今この場所にはある。
「う、うごくなぁ!」
奥から少し小柄な男が現れる。
しかし、奴は鋭利な刃物を持っていた。
その刃先が向いているのは、苦悶の表情を浮かべる一人の少女。
服を荒々しく掴んで引き摺りながら、その首元に刃物を突き立てている。
その男とともに、数人のごろつき達が奥から現れた。
「こいつは民間人だ! お前が変な動きをすれば殺すぞ!」
流石のルビアでも、これには一瞬動きを止める。
その少女の目は、恐怖の色に染まっていた。
この悪党達の仲間ではないことは明らかである。
奥にも誰かいるという話だったが、民間人でもあり伏兵でもあったわけだ。
ひょろっとした男はルビアの反応を見て、口元に笑みを浮かべる。
「はははっ! これで大人しくなったか! さっきまではよくも————」
悪党らしい口上を、その男は最後まで言うことはできなかった。
ルビアは袖から何かを取り出し、足元に投げつける。
「————はっ!」
投げたそれは一瞬ではじけ、中から大量の煙が発生した。
イノから貰い受けていた発煙手榴弾。
煙幕である。
「うわっ! なんだこれは!」
一気に視界が白い煙で覆われる。
化学物質を炎魔法で爆発させ、瞬く間に倉庫内の隅々まで広がっていた。
予想外の出来事に、男は少女を拘束していた手を緩める。
それを、見えているルビアは見逃さなかった。
「この卑怯者が!」
「があああっ!!」
ルビアの拳が顔面にヒットし、男は吹っ飛んだ。
倉庫の棚に突っ込み、ガラガラと音を立てて荷物が崩れ落ちる。
ルビアは少女の手を掴んで保護しながら、敵の増援を峰打ちで切り伏せる。
熱源感知装置によって一方的に敵の位置を把握できるため、状況はより一方的になっていた。
ルビアの無双により、敵の数がどんどん少なくなっていく。
「クソがぁ! これでも食らええ!」
「おい! そんなもん投げたら————」
パニックになった敵の一味が木箱から取り出したのは、手榴弾。
煙幕ではなく、爆薬が詰め込まれた殺傷能力の高い爆弾だ。
当てずっぽうで投げられたそれは、図らずもルビアの正面。
そして、彼女の保護している少女の近くに落ち————爆発した。
「ル、ルビア!?」
耳をつんざくほどの爆発音。
衝撃で倉庫が揺れた。
凄まじい爆風で充満していた煙幕ごと、倉庫内の空気を一新する。
代わりに舞い上がった土煙で、自体がどうなっているか視認できない。
あの距離の爆発……
普通だったら、ルビアもあの少女も無事ではない距離だった。
……大丈夫か?
イノが目を凝らして、土煙の先を見ようとする。
すると、その先に赤い光がぼんやりと光っているのが、徐々に見え始めた。
土煙が晴れ、そこにあったのは、ドーム状の魔法の障壁。
『ヒート・ブレード』を地面に突き立てたルビアを中心に、少女を守るように赤い炎魔法の魔素による壁が展開されていた。
ルビアは爆発の瞬間、咄嗟に剣を足元に突き刺し、障壁を展開したのだ。
限られた伝送魔力で、まさかそんな使い方ができるとは……
刀身に伝送しきれていない魔力がどこかに溜まっているのか?
いや、それ以上になんという魔法の才能。
これが、帝国魔法士のトップランカーなのか。
ルビアは危機が去ったことを感じ取り、突き刺していた剣を抜いて立ち上がる。
その時、爆発の衝撃で少しズレていた軍帽が、下に落ちた。
「————はぁっ!? お前は!!」
手榴弾を投げ、最後の一人となった男は、わなわなと指を差す。
月明かりに照らされたルビアの姿。
ルビーの赤髪、エメラルドの瞳、月光を反射して銀色に光る魔剣は陽炎を発し、空気を歪ませていた。
それは怒れる騎士。
悪に染まった者を粛清する、帝国の守護者。
「赤髪碧眼の騎士……『赫星』!!」
男は恐れ慄いた様子で、軍のエースの異名を呼ぶ。
『赫星』の評判は、『レグルス』の端の廃工場にまで知れ渡っていたということだ。
「弱き者を虐げる人間は許さない」
ルビアはそう言って、最後の男に拳を振り下ろした。