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第155話 革新の成果物

「おい……なんだこりゃあ……!?」



 無精髭を生やした一人の男が目を丸くし、口をあんぐり開けている。


 その周りにいる、薄鈍色の人間達は皆、同じ反応をしていた。



 これは全員、魔法技師。



 『ベックス工廠』に従事するベテランの技師達だ。



 帝国軍をあらゆる魔法兵器を用いて強化してきた彼らが、軒並み全員工廠の正面玄関で立ち止まっていた。


 そして、とある装置に釘付けになっている。



 装置自体はそんなに大きいものじゃない。


 人間の子供が入れるくらいのガラスケースの上に、魔石を格納する魔法装置が付いているだけだ。



 工廠のグラウンドで、新型『ライト・ピラー』検証を行った時の検証器具と比べると、五分の一にも満たないほどの大きさだろう。



 魔法を発動して数秒。


 装置から魔力光と展開術式が発生し、それが収まったと思った瞬間。



 ガラスケース内にいたはずの()()()()が一瞬で消え失せた。



 まるで泥人形のように形が崩壊し、黒い灰みたいな魔族の残骸だけがそこに残った。



 一瞬で、魔族(ターゲット)を無力化したのである。



「こんなことがあるのか……?」



 決して少なくない人間が集まっている。


 それにもかかわらず、工廠の正面玄関は風の音が聞こえるくらいには静かだった。



 目の前で起こったことが、誰一人として信じられないようだ。



 それもそうだろう。



 魔法発動からゴブリン退治に至るまで、一度も()()()()()()()()


 光魔法を使った片鱗が見えなかったのだ。



 ただ、衝撃波と共にゴブリンの体が崩れ去った。



 苦しむ間も無くだ。



 『闇魔法』によって作られた魔族を倒しうるのは『光魔法』。


 魔法士を名乗るなら、誰もが知っているべき常識だ。



 そんな世界の常識となっていたことが、今、目の前で、覆った瞬間を目にしたのである。



「……わざわざこんな目立つところでやらんでもよかっただろう」



 イノは見せ物のようになっているこの状況を見て、複雑な表情をする。



 目線の先にいるセシリアは、ふんぞり返ってドヤ顔をしていた。



「いいじゃん、あたし達こいつらに言われたい放題だったんだよ? 見返してやりたいじゃん」



 セシリアは三回目のリベンジが成功し、気持ちよくなっている様子。



 確かに、この前とは大違いだった。



 工廠の実験場で大失敗をしてヤジを飛ばされた。


 その次の検証では、もはや誰一人として見にくるものがいなかった。



 今回は今までのいかなる状況とも違い、ここを通った全員が立ち止まって何も言わずこれを凝視しているという状態だ。


 今まで馬鹿にしてきた連中に面食らわせたという点においては、大成功なのだろう。



 すると、口髭が特徴的な一人の技師が、イノに尋ねた。



「お、おい! これは一体どうやって作ったんだ」



 その男の言葉により、その場の全員がイノに注目する。



 イノは、勿体ぶることなくその魔法技師の質問に答えた。




「魔素核分裂だ」




 この魔石は三層構造になっている。



 機能が大きく分けて三つに分かれているため、本来は魔石を三つ用意する必要があった。


 だが今回は、ルビアの意見も取り入れ、持ち運びがしやすく取り回しもしやすい一つの魔石にまとめることにした。



 外側から第一層、第二層、第三層となっており、処理も一層から順に行われる。



 第一層で短波長光属性魔法の発生。


 第二層が『フォトン・レーザ』、光魔法を増幅させる。



 そして、第三層。



 中心部分にて、魔素核分裂反応を発生させる。



 無属性の魔素を配置し、その魔素核に向けて高出力短波長『量子線』を照射する。



 魔素核分裂によって発生する無属性エレメント線は波長が非常に短い。


 ゆえに透過性も高く、魔石中心部分で発生したエレメント線は、魔石の影響を受けず透過し、魔石外に散乱する。



 そして、それがゴブリンを形成する『召喚魔法』の術式にぶつかることで、魔素核分裂連鎖反応が発生。



 術式の崩壊によって、ゴブリンが塵と化したのだ。



 これが、イノ達が開発した新魔法の全容である。




「お、おいおい……半分以上何言ってるか分かんねえぞ……!」



「手品だったんじゃねえのか? こんな簡単に魔族を消滅できるなんて……」



「いや、でもガラスケースに入っていたのは確かにゴブリンだったぞ……!」




 どよめきが止まない。



 イノの説明を理解することができず、混乱や疑念の声があちこちであがっている。


 魔素核分裂の話など、どの魔法論文にも載っていない事柄なので、理解できなくても無理はないのだが。



「————どうしてこんな魔法が作れたんだ?」



 イノの前にいる魔法技師が再び質問を投げかけた。


 辺りがまた静寂に包まれる。



「今までどんな魔法学者でも、どんな魔法技師でも、『ワークス・パップロート』が考案した魔法に敵うものはいなかった……なのに、どうしてお前らなんかがあんな化け物に勝てるってんだ……!?」



 今まであんな外道な魔法を開発していたお前らが。


 魔法技師としての誇りもなく、ただ魔法士を死に至らしめる人殺しが。



 どうして、あの悪魔的天才の魔法を超えられたのか。



 心ない魔法技師達の言葉に対し、イノはあっけらかんとして答える。



「別に、ただ()()()()()だけだ」



「は?」



 イノの発言に、全員がぽかんとした表情をしていた。


 別にこんなこと言っても分からないよな。



「俺達もまだ作業が残っているんだ。教室に戻らせてもらってもいいか」



 イノはセシリア達に指示をし、撤収作業を始めた。


 魔石や検証器具を手に持ち、静かにその場を立ち去ろうとする。



「おいおい、ちょっと待て! どういうことなんだよ!?」



 どうやって化け物に勝ったんだよ!?


 それともお前もそっち側の人間なのか!?



 様々な疑問がイノの方に飛んだ。



 イノは溜め息を一つだけつき、工廠の正面玄関に溜まった魔法技師の方に指差して言う。



「————ちなみに訂正しておくが、ワークスは化け物じゃない。あれもただの人間だ」



 神でも英雄でもない。


 ただの幼なじみだったのだ。



 結局単純なつながり。


 単純かつ強固なつながりがあっただけ。



 それがあったからこの魔法が出来上がった。



 ワークスがいたから、この可能性に気づくことができた。



 セシリアとオスカーがいたから、チームとして成長することができ、魔法を形にすることができた。



 アイナがいたから、現実に立ち向かうとすることができた。




 そして、ルビアがいたから、俺は前を向くことができた。




 そこには、人殺しも英雄も、天使も悪魔も、化け物も神もいない。




「————ただ、繋がりのある人間がいただけだ」




 それだけを言い残し、イノ達はその場を後にした。



 イノの手には、イノの全てのつながりを結集した、新魔法の魔石が握られている。



 こいつがたった一つの素として解放された時にパワーは計り知れない。



 それだけ、あらゆる人間の繋がりが、ここに交わっているのだから。




 それは、世界を作り替えるほどの可能性を秘めている。




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