第152話 仲直り作戦
「えっと……こーれまずいです」
時刻は午前十時頃。
人混みを掻き分け、ルビアは『レグルス』の大通りを早足で歩いていく。
そして、ルビアの後に追いすがるオスカーは死ぬほど焦っていた。
「いくらなんでも急すぎますよ! こういうのはもっとゆっくり————」
「うるさい黙れ」
「ひぃ……」
オスカーの扱いも慣れたものだった。
彼の言いたいことも分かる。
仲直りなど、誰かに強制されてするものではない。
こういうのは時間が必要だったりする。
時間をかければ、過去のいざこざの記憶は薄れ、仲違いなど簡単に解決できるものかもしれない。
時間が解決してくれることは多い。
だが、開発はその時間を待ってはくれない。
日々、流動的に進んでいく開発の中で、もやもやした思いが在中し続けてしまうのは非常にリスキーだ。
コミュニケーションの不具合は、ずれを少しずつ大きくしていく。
それが修復不可能な大きさになってからでは遅いのである。
時には、誰かが背中を押してあげなければならないことだってあるのだ。
というわけで、先日、オスカーに密かに指示をしておき、今日は体調不良で出勤できないという旨のメモを教室に置いておいた。
これで、今日の開発は、どう足掻いてもイノとセシリアの二人で行わなければならなくなる。
開発はみんなで一緒に行うというポリシーがあるのだ。
ここにきて、いきなり二人バラバラで作業するなんてこともできないはず。
「もう開発は始めているのだろう?」
ルビアは、本日病欠ということになっているオスカーに確認した。
未だ後方でおろおろとしているオスカーは、首を縦に振る。
「ええ……もうこの時間であれば始めていると思います」
僕の伝言の反応が一番怖いですよ……
と、オスカーは明後日の方向の心配をしていた。
第七班の始業時間は、他の班よりも早いという。
もうお昼も目の前というこの時間ならば、イノ達も準備を終えて開発に取り掛かっている頃だろうか。
「では急ごう」
「急ごうとはどこに?」
まだ意図が分かっていないオスカーは、前方のルビアに早足の理由を聞く。
ルビアは何を今更というような表情をオスカーに向けた。
「何を言っている。教室に決まっているだろう」
「ええ!? 今日僕は休みだったのでは!?」
そんな訳なかろうが。
オスカーは素っ頓狂な声をあげるが、むしろなんで驚いているのだ……?
こんな大事な時にただ家で休んでろと言えるほど、ルビアも呑気に考えてはいない。
場を設けるだけ設けてあとは放置、そんなことはあまりにも無責任だ。
結果がどうなろうと、ルビア達は最後まで見届けなければならない。
まあ、正直あまり心配していない。
今のイノであれば。
「二人の様子を見にいくぞ」
そんな話をしている間に、ルビアとオスカーは『ベックス工廠』の前まで来ていた。
二人は工廠の廊下を通り、真っ直ぐ第七兵器開発部に向かう。
教室に近づくに連れ、一つだけ懸念点を思いついた。
「ちゃんと二人が教室に揃ってくれているといいのだが……」
それこそオスカーみたいに病欠とかがあるかもしれない。
あるいは、欠員が出たことによって、作業形態を変えている可能性もある。
この思惑は二人が揃っていなければ意味がなくなる。
その辺りはイノ達を信じて賭けに出るしかなかったのだが————
オスカーがその時、首を振っていた。
「いえ、二人とも教室にいらっしゃいますね」
「お、おお……そうか」
二人ならちゃんといてくれているってことなのか。
一番チームを気にかけているのは、やはりオスカーなのかもな。
あの頃に戻ってきているチームの信頼を垣間見て、少し嬉しくなった。
だが、安心したのも束の間。
二人の信頼を裏切るような事態が起こっていた。
「これって……」
あからさまに不安そうな声を出すオスカー。
そんな彼が指を差す教室の方からは、大きな声が次第に聞こえてきた。
「い、言い争ってません……?」
ルビアとオスカーが教室の横の廊下まで来ると、二人の大きな声が耳を澄まさずとも聞こえてくる。
それは、あまり友好的な会話には聞こえなかった。
ルビア達は、恐る恐る教室の扉を少しだけ開け、中を確認した。
「だからぁ! ここの形はもっと削らないと魔力減衰が起こるって言ってんでしょ!!」
「今やってるだろうが! ここを……こうか!?」
「ああーー!! そこは削っちゃダメじゃん!! 何してんだよぉ!」
「ぬあああもう! 大声出すんじゃねえ!」
教室内を覗くと、確かにイノとセシリア、二人はそこにいた。
しかし、その空気は『仲直り』とは程遠いところにある。
「これ喧嘩してないですか……!? やばくないですか!?」
どうやら二人は、昨日セシリアが提案していた魔石構築の作業を行っているようだった。
だが、二人が声を張って言い合っており、あまり協力して作業しているようには見えない。
自分のせいで最悪の事態になりつつある状況に、オスカーはパニックになった。
「これじゃ逆効果だぁ! 今すぐ止めないと!」
「待て」
オスカーが教室の扉を開け、身を乗り出そうとしているのを止める。
ルビアは彼らの作業の様子をじっと観察していた。
「よく見ろ」
ルビアは指を差して、オスカーに見守ることを促す。
オスカーはすんでのところで留まり、その場にまた腰を下ろした。
ルビアはまだ信じていた。
二人なら、きっと大丈夫だと。




