第144話 新しい形
「ルビア、この中からまず何をすればいいと思う?」
「そうだな……」
黒板を見つめながら、イノはルビアに尋ねた。
ルビアは顎に手を当て、しばらく考える。
「私は魔法開発に関してはずぶの素人だ。だから、魔法士としての観点からすると————これがいいと思う」
黒板に近づき、指を差す。
ルビアが選んだのは、『光属性魔法を発動する術式を作成する』というものだった。
「あくまで、魔石は魔法士の魔法発動を補助・簡略化することが目的だろう? だから、性能云々よりもまず、動くものであるかどうか、これが重要だと思う」
「そうだな。では、そうしよう」
「ちょっと……イノ!?」
イノがなんともあっさりルビアの意見を認めた。
あの頑固者のイノが、反対することなく受け入れた。
光属性魔法の術式作成など、イノ達が分担して作業すれば、一日もかからずに終わるだろう。
だがここで重要なのは、ルビアも言った通り、確実に動作するものを作るということだ。
もう、昨日のようなことは懲り懲りなんだよ……!
「リーダー……?」
セシリアとオスカーが制止の声をかけようとする。
だが、頑固者だったイノは、それくらいでは止まらなかった。
イノはルビアが先ほど指を差した『光属性魔法を発動する術式を作成する』と書かれた紙を取り、机の上に置く。
そしてまた、黒板を見渡した。
「そうだな————」
イノは少し考えたあと、『術式の設計』、『術式の開発』、『術式の検証』と書かれた紙をそれぞれ黒板から引き剥がした。
そして、同じ机の上に置く。
机には、『光属性魔法の術式作成』という項目の周りに、『設計』、『開発』、『検証』という詳細な作業が書かれた紙が並べられていた。
「明日一日で、この三つの作業をみんなでやろう」
イノは紙が並べられた机を指差す。
そこに並べられたものは大した量の作業ではない。
それゆえに、今まで同じ開発手法を続けてきたセシリアとオスカーの顔からは、疑いの色が消えなかった。
「確かにこれだけ行えば、まず動くものはできるでしょうが————しかし、どうしてそんなことを……?」
そもそも、これはいつもの開発過程とは明らかに異なっている。
今までイノ達がやってきた魔法開発は、魔石、術式、あらゆる事柄を最初に設計し、開発、そして最後に結合、検証することで、初めて魔法を動作させるようにしてきた。
滝に例えられるような開発。
何よりも流れを重んじ、後戻りは基本的にできない。
そんな開発の仕方を、イノ達は信じ、これまで実施してきた。
だが、今回のそれは今までのものとは全く違う。
「新型『ライト・ピラー』の検証が失敗した時、心底絶望した」
曇天の空の中。
魔法検証器具のガラスケース内のゴブリンと目が合った時、目の前が真っ暗になった。
希望を見出していたものが、夢を見ていたものが、全て失われたのだ。
「俺達がこれまでやってきた開発は、実際に動かしてみるまでどうなるか分からない。だからこそ、完璧な設計とミスのない開発をしなければならなかった。だけど、そんなことができるはずがない」
完璧な設計などない。
ミスのない開発などない。
イノ達は人間なのだから、失敗のない開発などあり得ない。
だから、失敗するたびに何度も後戻りして、失敗の穴を埋めて前進する。
時間と精神をすり減らして、ずっとそうしてきた。
だけどーーーー
「もう絶望なんてしたくないし、絶望してる時間もない」
後戻りして穴埋めなんてしてられるか。
イノ達はもう前進するしかないのだ。
失敗を、失敗が起きる前にみんなで補い、前だけを向いて突き進む。
「そのために、今までやってきた開発のプロセスを一日で行い、それを繰り返す」
設計も開発も全て一回で行って、最後に結合するのではない。
細かい単位で設計、開発、検証を繰り返し、出来た機能を継ぎ足していく。
もちろん、その分一日の開発は小規模となるだろう。
簡単な機能しか作成できない日もあるかもしれない。
それでも、確実に動くものが出来上がる。
「共有する認識の量を増やそう。失敗しないためには、どんな些細な問題でも、チーム全員が把握してなければならない」
打ち合わせは朝と夜。
一日最低二回しよう。
そして、困ったことがあったらすぐに報告する。
それを解決するために、またこの黒板に紙を貼って、机に並べるのだ。
こうすれば、イノ達はずっと前を向いてられるはずだ。
「イノ……! これは一体なんなの……?」
矢継ぎ早に、早口で、新しい開発の形を説明していくイノを、セシリアは腕を掴んでなんとか止める。
不安な顔をして、イノを見つめていた。
チームメイトにこんな顔をさせている。
なによりも大切である仲間を、疑心暗鬼にさせ、心配させている。
そんな表情に、もうさせるわけにはいかない。
「俺達は、変わらなければならないんだ」
イノは、セシリアを真っ直ぐと見つめ返す。
不安も疑いも、夢も希望も、ふわふわしたものは全て取り去る。
あるべきなのは、完成に向けた確かな理論とーーーー
仲間への信頼だけだ。