第141話 新たな光
そもそも『魔法量子』とは、魔法やそのエネルギーの非常に小さな単位を表す。
例えば、魔法を形作る魔素、魔素を形成する魔素核や無属性エレメント体。
火、水、風、土、そして光を構成する、属性エレメント。
こういった素粒子が『魔法量子』という分類に当てはまる。
粒子性と波動性を併せ持つ『魔法量子』という存在は、今までの魔法学では説明できない無限大の可能性を秘めており、数々の魔法学者を蠱惑している。
『量子線』、あるいは『量子ビーム』と呼ばれるものは、粒子としての『魔法量子』を一定方向に放射した粒子線のことを指す。
この『量子線』を操ることができれば、すなわち万物を操ることができるようになり、その人間は万能の力を手に入れることができる。
————と、ワークスは言っていた。
この世の全ての事象を解明し得る賢人。
この世の全ての物質を創り出す創造主。
この世の全ての病を治癒する天使。
そして、この世の全てのつながりを破壊する破壊者。
あらゆる英雄的存在に成り得る。
ワークスの著書には、そう記されてあった。
この中でイノ達が目指すべきなのは、破壊者。
敵軍の術式を破壊することである。
魔法の構成を決めている方式というのが『術式』
術式が緻密かつ正確であればあるほど、魔法はより強固に、より強力になる。
魔法とは、魔素の論理的な集合体だ。
一定の魔力が込められた魔素が、決まった構成を形作ることによって、初めて魔法として現実世界に存在する。
そして魔素自体も、無属性エレメント体や魔素核といった小さな粒子が組み合わさって出来ている。
ひとつひとつの粒子がつながりをもって、魔法というものを作っているのだ。
魔素同士、そして魔素核とその他粒子の結合は非常に強いものであり、簡単にはそれらを分離させることはできない。
術式を壊すということは、すなわち粒子間の結合を壊すということ。
魔素同士のつながりを断ち、魔法の中にある世界を変える。
魔素核に『量子ビーム』を照射することにより、魔素核分裂連鎖反応を引き起こし、術式を崩壊させる。
「————それが、俺達が死に物狂いで作り出したこの魔石になら、可能なんだ」
イノは自分の考えを一区切り話し終えた。
三人の反応は、まだ見るからに疑念に満ちている。
原子魔法学に詳しくなければ、確かにイノの言ったことは荒唐無稽なものに感じるだろう。
だが、イノには確信があった。
「信じられない————出来っこないよ、そんなの……」
セシリアが首を振っているが、イノはその否定を否定する。
「いや、できる————というよりもうできている」
イノはそう言いながら、手に持っていた魔石を前に差し出す。
オパールで作られたその魔石は、教室の光を反射して七色に輝いていた。
新型『ライト・ピラー』用に開発された、光魔法『フォトン・レーザ』
破損してそのほとんどが使い物にならなくなってしまったが、唯一このただ一つだけが綺麗に残っていた。
「この魔石は光魔法を保存し、増幅することのできるものだ。だが、それはこの魔石の表面的な性質に過ぎない」
開発当初は光をただ閉じ込め、増幅させるという目的のみであった。
光を増幅させて、敵魔族軍を殲滅するに足るエネルギーを得ようとしていたのだが、実際はこの魔石が原因で『ライト・ピラー』は正常に動作しなかった。
単純に考えれば、この魔石、魔石が発動する『フォトン・レーザ』に問題があると考えるべきだろう。
「つまりは……『フォトン・レーザ』が『量子ビーム』であると?」
「そうだ。あれは光属性エレメント、つまりは『魔法量子』を一定方向に照射する高出力短波長光魔法と言える。それが新型『ライト・ピラー』に組み込まれた『セブンス・シェルト』を破壊したんだ」
オスカーの確認にイノは頷いた。
イノ達が開発していた『フォトン・レーザ』は『セブンス・シェルト』に送り込まれる。
『フォトン・レーザ』が『セブンス・シェルト』に到達した時点で、術式破壊が起こっていたのなら、当然『ライト・ピラー』を正常に発動することはできない。
これが、イノが考えついた新型『ライト・ピラー』失敗の原因だ。
「うーん……」
オスカーは腕を組んで考え込む。
彼なりにまだ飲み込みきれてないのだろう。
それでいい。
だからこそ、オスカーはチームのナンバー2なのだ。
「えっと……その『量子線』————今回は『高出力短波長光属性エレメント線』とでも言いましょうか。それが術式を壊すというのはどういうことなんですか?」
オスカーが具体的な質問を重ねると、セシリアがその袖を引いた。
「ちょっと……オスカー」
「話を聞いてみないことには分かりませんよ。もう少し聞いてみましょう」
そう言ってセシリアを宥めると、彼女はゆっくりと手を下ろし、引き下がる。
そして、イノに説明を促した。
イノは、これ以上は図がないと説明しづらいと考え、再びチョークを持って黒板の前に立つ。
ワークスほどではないものの、見えやすいように綺麗な縁と直線を描くことを心がけた。
「高出力かつ短波長の光属性エレメント線は、魔素核に直接作用するんだ」
しばらく、黒板に白チョークが当たる音だけが室内に響く。
イノは、魔素核や無属性エレメント体を表した円を複数個重ね合わせ、魔素を表現していった。
そして、直線で『魔法量子ビーム』表す。
「高エネルギーの光属性エレメント線を魔素核に照射することで、魔素核は『巨大共鳴』を起こす。そして、無属性の短波長エレメント線を放出するんだ」
巨大共鳴。
魔素核内の、全てのエレメント体が集団振動を行い、励起する。
魔法の中の世界が、輝かしい一つの存在によって揺れ動かされる。
並々ならないエネルギーによって、環境を変えさせられる。
変化と別れを余儀なくさせる。
「そして、これは周囲の魔素に伝播するんだ。放出された無属性エレメント線は次の魔素核にぶつかり、再び魔素核分裂を引き起こす」
『変化と別れ』によって飛び出した新たな粒子線は、他の魔法世界を変えにいく。
再び世界が震撼し、『変化と別れ』を促し、次の世界の変革者を生み出す。
これが何万回、何億回————術式全体に含まれる魔素核の数だけ繰り返された時。
そこには、全く別の世界が広がっているはずだ。
「『魔素核分裂連鎖反応』、これによって精密に組み合わさっていた魔素の並びが乱れ、術式が崩壊する」
術式が崩壊すれば、『召喚魔法』によって作り出された魔族達も、その形を保ってはいられない。
特に、『召喚魔法』はとてつもなく精巧な術式だ。
ちょっとでも綻びが出れば、瞬く間に崩壊するであろう。
「言わば————『魔素核爆弾』を作るということですかね」
魔素核爆弾。
オスカーが口にしたその名称は、天使がもたらした希望の星のようでありながらも、悪魔のような悍ましさを感じる響きであった。