第128話 光と記憶
まどろみの中にいる。
ぼんやりと目の前に映し出されたのは、ワークスの姿だった。
またこれだ。
自分の中に眠っている過去の記憶。
イノは再びワークスの部屋にいた。
あいも変わらず、書物や実験器具でごった返しになっている部屋。
子供部屋とは言い難いその部屋で、イノとワークスは平気で寝起きしていたのだから、二人は根っからの魔法オタクだったというわけだ。
そして、イノの記憶はまた、ワークスの問いかけから始まるのだった。
『なあ、イノ。光ってなんなんだろうな?』
何って……光は光だろ?
イノはワークスの質問の意図が分からず、眉を顰める。
すると、ワークスはチッチッと人差し指を左右に動かした。
『何事にも起源があり、本質があるんだ。人間皆一人一人にそれがあるように、光にも光たらしめる何かがあるはずなんだよ』
相変わらず、突飛な発想をする奴だった。
どんな物好きでも、光の起源だの本質だのを調べたいと思うやつはなかなかいないだろう。
だからこそ、彼との議論はおもしろい。
イノも、分からないなりに考えてみることにした。
光も他属性の火や水と同じようにエレメントで構成されているなら、光の正体は魔素を核とした『粒子』なんじゃないか?
というように、イノが自分の意見を述べるとワークスは満面の笑みを浮かべた。
『そうだよそうだよ! イノは優秀だなぁ! 頭の硬い今の学者連中とは大違いだよ!』
いてえいてえ、いや当たってるのかよ。
イノはわしゃわしゃと頭を撫で回すワークスの手を振り払う。
当てずっぽう、というか非常に単純で当たり前のことを言っただけなんだが。
『そういう当たり前のことが、光の性質を追えば追うほど見えなくなってくるんだ。光は人を惑わす天才だよ』
今出ている光魔法の論文はどれも、光の術中に嵌った魔法学者が書いた駄文さ。
ワークスは肩をすくめる。
彼はこういう時は結構ズバズバと言うタイプだった。
人を惑わすってなんだ? 幻覚が見えるってことか?
確かに幻覚は光が生み出すものかもしれないけれど。
イノがワークスにそう尋ねると、ワークスはまた輝く笑顔を見せた。
そして、いそいそと何かの実験の準備を始める。
『イノにやってみて欲しいことがあるんだ』
ワークスはそう言って、何かの装置をイノの前に用意した。
その装置は、一枚の黒い板の後ろに白い紙を並べたものだった。
板はよく見ると、中心に二つの非常に小さな隙間が空いている。
白紙の方もただの紙ではなく、魔法が触れることで強く反応を示すという特別な紙のようだった。
そして、ワークスはイノを黒い板の前に座らせる。
『ここに魔法を放ってみて欲しいんだ。火、水、風、土の順でね』
何のためにそんなことをするのか。
そう尋ねようとしたが、ワークスの太陽の光のような目の圧によって急かされる。
こうなったら、実験をやってみるまで彼は言うことを聞かない。
イノはワークスに言われるがままに、四つの属性の魔法を発動した。
火属性、水属性、風属性、土属性の順に、同じ出力を意識して装置に放射した。
結果は単純明快であった。
小さい穴の形通りに、後ろの紙に同じ大きさの魔法の痕跡が残ったのである。
穴の形通りに白紙に火の焼き目がつき、水で濡れ、風の切り傷がつき、土が付着した。
考えなくても結果が分かるような実験だ。
こんなの当たり前だろう。いったい何の意味があるんだ?
イノは実験の意図を尋ねると、ワークスはイノの肩をぽんぽんと叩く。
『慌てない慌てない。今度は光魔法を放ってみてくれ』
ワークスは実験を続けるように促した。
結果は同じだと思うけど……
イノは怪訝な顔をしながらも、言われたとおりに光魔法を放ってみる。
すると、予想外の現象が現れた。
イノは確かに小さな隙間に目掛けて光魔法を発動した。
しかし、結果は穴の形通りには現れなかった。
白紙には、縞模様が現れたのである。
イノは想定外の結果に心底驚いた。
『面白いだろう? 誰も予想がつかない結果が現れた』
どうしてこんな結果になるんだ?
穴の形とはまったく関係のない模様が現れるのは何故なんだ?
イノは次々に溢れ出る疑問を機関銃のようにワークスにぶつける。
その時のイノは、まんまと光に惑わされていた。
矢継ぎ早に質問を投げかけると、ワークスは腕を組みながら自身の考察を話してくれた。
『これは僕の推測だけど……おそらく光には、「波」みたいな性質があると考えているんだ』