第121話 発動
「さあ、やろうか」
イノの言葉に、セシリアとオスカーが強く頷いてくれた。
そして、三人とも配置につく。
セシリアは魔法具の動作の監視。
なにか異常があれば、彼女が気づいて声をかけてくれる。
オスカーは前回の実験と同じく、魔力の監視係だ。
術式に異常がないかをモニタリングしてくれる。
そして、魔法の実行役であるイノは、魔法具のコントロールパネルの前に立った。
イノは目を瞑る。
これ以上進めば、目を逸らすことはできなくなる。
自分達が正しかったのか、そうではなかったのか。
その答えが今から数分後に、嫌でも見せられることになる。
一回だけ深呼吸をした。
肺の中の空気を吐き切った後、イノは目を開く。
「結合試験、開始!」
イノは試験の開始を宣言し、魔法具の隣にいるセシリアと目を合わせた。
合図を受け取ったセシリアは機材の電源を、一つずつ点けていく。
すると、機械に魔力が充填され、モーター音が鳴り響いた。
「魔法具の動作を確認、実行可能状態!」
「残存魔力は想定以下、外部からの干渉も問題ありません」
二人の報告を受け、イノは正面のコントロールパネルに手をかざす。
そして、魔力を開放し、封印解除の呪文を唱えた。
すると、魔法具中央のガラスケース内が赤く光った後、黒いもやのようなものが発生した。
怪しく蠢く影がケースの中に充満していく。
この異様なオーラを放つ魔法。
闇魔法である。
しばらく時間が経ち、ケースの中の黒いもやが次第に薄くなっていく。
中の黒霧が完全に晴れると、中から人型のなにかが発現した。
苔色の肌、人の膝ほどの身の丈には似合わない邪悪な顔。
木の枝のように細い腕だが、その先には鋭利な黒い爪がぎらついていた。
『ゴブリン』
この世界で最も有名な化け物の一つだ。
化け物とは言っても、その大きさは人間の子供くらいの大きさである。
伝説上では洞穴、木立に住み、残忍で邪悪なもので、人間の子供などを食らう。
悪知恵が働き、あらゆる道具を使って冒険者を罠に嵌める。
暗闇の中、集団でゴブリンに襲われれば、一流の魔法士でも迎え撃つのは困難だと言われていた。
集団だと危険だが、丸腰のゴブリンが一匹ならば、そこまで危険性はない。
よって、検証に最適だと判断し、イノが軍に申請して用意したのである。
魔導兵器を開発する第七班にしか許可されていない、魔族を用いた実験の始まりだ。
イノは封印が解除されたのを確認すると、ふうっと息をつき、額の汗を拭う。
「大丈夫?」
「ああ……問題ない」
出現した敵の存在に緊張感が一気に増す。
ケースの中のゴブリンはガンガンとガラスを叩き、脱出を試みようとしていた。
その様子に、イノ達の後方にいる魔法技師達がどよめく。
あれってゴブリンじゃないのか……?
魔族がどうしてこんなところに……
パニックにこそならないが、何か怪しいことをしようとしているに違いないと、イノ達に疑念の視線が向けられていた。
イノ達はそんな視線と陰口に構わず、次の段階へと移る。
両頬を軽く叩き、頭をはっきりさせた後、イノは再びコントロールパネルに手をかざした。
今度は、今回作成した光魔法『フォトン・レーザ』を発動させる。
コントロールパネルで魔法を発動させれば、装置が連動して七つの魔石が同時に発動する仕組みだ。
チャージ時間は実験の時と同じ一分間。
イノが魔法を発動すると、術式が展開され、魔力光が漏れ出した。
七つの魔石が光を放ち、音をたて、空気を揺らす。
長い一分間だった。
三人とも期待と不安が入り混じったような面持ちで、ただ魔法具を見つめる。
「『フォトン・レーザ』、状態に異常ありません!」
「いけそうだよ!イノ」
雷が落ちたかのような魔法反応が装置の上で発生し、それが段々と激しくなっていく。
魔石によって光が十分に増幅された時、『セブンス・シェルト』が自動的に起動するのだ。
これで、準備が整った。
イノは二人を見る。
二人ともアイコンタクトで強く、イノに合図を送っていた。
準備万端だよと。
イノはそのメッセージを受け取り、一度だけゆっくりと頷いた後、再び正面に目線を戻した。
そして、コントロールパネルに両手を添える。
最後の術式を発動させた。
「新型『ライト・ピラー』、発動!」




