第120話 決戦の日
結合試験当日。
時刻は朝の六時三十五分。
空は薄灰色の継ぎ目ない平板のような雲が蓋をしている。
雨が降りそうで降らなさそうな天気は、寒くもなく暑くもない。
気温に左右されにくいという意味では、検証に適した気候と言える。
「いよいよですね」
「そうだな」
イノ達は工廠の正面の実験場にて、検証のための大掛かりな準備をしていた。
学校の校庭にあたるその場所は、室内ではできないような実験や開発を行うために使用される。
イノ達が行うのは、新型『ライト・ピラー』の結合試験である。
結合試験では、魔石、術式など、魔法に使われる全ての要素を組み合わせ、想定通りに魔法が稼働するかを試験する。
本番のリハーサルのようなものだ。
すなわち、この試験の結果によって、実戦で使い物になるかどうかが決まると言っても過言ではない。
腕に力が入るのはしょうがなかった。
「緊張……されてるんですか?」
オスカーがイノの様子を察して、聞いてくる。
四角い縁の眼鏡の奥にある細い目が、心配そうにイノの方を見つめていた。
「ああ、してるな……思った以上に」
正直に言って、不安を感じている。
その理由は、二人の作業を全然見れなかったからだ。
本来なら時間をかけて、みんなでお互いの実装を評価する。
人に見てもらって、初めてミスに気づくということはよくあることだ。
だからこそ、複数の視点で不具合を見つけ、修正するという時間を設けるのも開発の上で重要である。
しかし、今回は流石にそんな時間を作れなかった。
誰の評価のない魔法こそ、心配なものはない。
「大丈夫ですよ。きっといい方向に進みます」
オスカーが励ましてくれる。
二人ともこの一週間、ほとんど休みなしで頑張って開発を進めてくれていた。
彼らの魔法技師としての実力は、イノが誰よりも信頼できるものだ。
それでも不安を感じてしまうのは、魔法技師としての染み付いた習性からくるものだろう。
「何か不具合があったとしても、きっと些細なものです。何とかなりますよ!」
「……ああ、きっとそうだな」
そうだ、何を弱気になっている。
期限まで残り一週間。
何か修正点があっても、この一週間で何とかすればいい。
イノ達にはもう、この魔法しかないのだから。
「テスト環境もうすぐできそうだよー!」
セシリアが全長三メートルほどある検証用の魔法器具の上で、イノとオスカーに呼びかける。
その魔法具は本番の環境を縮小して、シミュレーションを行うものだ。
器具の構成としては、真ん中に人が一人入りそうなほどのガラス張りのケース、その上に同心円状の装置が設置されている。
そして、ケースの中には赤く禍々しい術式が刻まれた黒い箱が異様な存在感を放っていた。
同心円状の装置には、イノ達が開発した新型の魔石が七つ設置されており、光魔法の発動・保存・増幅をそれぞれの魔石内で行う。
加えて装置には『セブンス・シェルト』が刻まれており、光エネルギーを循環させて『ライト・ピラー』の出力を増幅・安定させる。
ガラスケースの中に用意されているのは標的だ。
今回は、戦場にて捕獲した弱い魔族一体がケース内の黒い箱に封印されている。
その魔族を想定の魔力量で消滅させられるかの検証となるわけだ。
「うーん……人が結構集まってきちゃいましたね」
装置があまりにも目立っているため、時間帯の関係もあるが、出勤してくる魔法技師達の目についていた。
一定の距離感でこちらを様子見してはいるが、それでもひそひそと何かを喋っているのが分かるくらいの距離だ。
「おいおい、グラウンドを貸し切って何をしてんだ……?」
「あれって、第七班じゃないの? あの人殺しの————」
「どうせまた碌でもないこと済んだろ……」
魔法技師達の心ない言葉がかすかにイノ達の耳に入ってくる。
疑念に満ちた目線が、イノ達の背中を刺すようだった。
『味方殺し』の第七班というイメージが染み付いているイノ達は、どんなことをやろうとそういう目で見られてしまう。
「気にするな。いつものことだろ」
むしろ、見返す気持ちで行こう。
これからイノ達がしようとしているのは、今の魔法戦に対する革命に値するはずだ。
この新型『ライト・ピラー』は誰の犠牲も払うことなく、魔族軍を撃退することができる。
人殺しだとか、味方殺しと言われる要素がなくなるのだ。
時間はかかるかもしれないが、きっとイノ達を見る目も変わることだろう。
兎にも角にも、準備は整った。
魔法をいつでも発動させられる。
あとは、やるだけだ。
「さあ、やろうか」