第119話 本開発
新魔法『フォトン・レーザ』と『セブンス・シェルト』の結合に向けての準備は進んでいた。
生身の魔法士の代わりに光エレメントを格納した魔石を術式に組み込む。
困難に思えるが、術式の設計上は可能だという結論に至った。
『セブンス・シェルト』に少し手を加えて、魔力を魔法士ごと循環増幅させる仕組みから、光エネルギーを循環させるようにすればいいのである。
むしろ、魔法操作の観点からすれば、後者の方が簡単まであった。
可能だと分かれば、あとは作るのみである。
魔石提出の期限まで残り二週間とちょっと。
イノ達はこの期限が過ぎるまでに、新型『ライト・ピラー』を形にしなければならない。
そのため、今後の方針を決めるためにも、第七班は全員集まってミーティングを行っていた。
「————よし、ざっとスケジュール感はこんな感じだ」
「うげえ、しんど」
「ギリギリですね……」
イノは黒板に表を描き、今後のスケジュールを二人に説明する。
教室のいつもの席に座っているメンバーが、あからさまに嫌そうな表情を浮かべた。
「魔石は一つ完成してるんだからそれが使えればいいのに〜〜」
セシリアは両手を机の前に投げ出しながらぼやく。
一つでも作る量が減れば、スケジュールも一つ分の余裕が出る。
一般人からすれば当然の意見だろう。
「————気持ちは分かるが、駄目だ」
そうはいかない。
ここまで頭を必死に捻って行ってこきたのは、ほんの前準備にすぎないのだ。
今まで行ってきたのはプロトタイプの作成。
あくまで調査に使っていたプロトタイプの魔石を、そのまま、はいと提出するわけにはいかない。
それじゃあ魔法技師として失格だ。
「軍事用魔石には、決められた規格、術式設定など、守らなければいけないルールがあるんだ。セシリアも分かっているだろう」
これは上層部の頭の硬い規則などではなく、魔石が問題なく安全に動作するための至極合理的な決まり事である。
魔石開発はアートではない。
寸法、重量にはじまり、術式言語、発動速度、安全装置の有無まで確実に管理し、魔法士がその力を十分に発揮できるような魔石を開発しなければならないのだ。
このルールは、魔法開発者として守る義務がある。
特に、一発勝負で勝利を決定しなければならない、戦略魔導兵器ならば尚更である。
守らなければならない決まり事は、通常よりも多い。
「分かってるよ。アイナがいざ使うって時に、うまく動かなかったらまずいからね」
これを怠れば、アイナのためにもならないのは明白だ。
つまりはここからが本番。
プロトタイプを元に、本番用の、商品として成り立つ魔石を開発する。
「さて……どう分担しますかねぇ」
オスカーは黒板を眺めながら、顎をさする。
黒板には、五つの文字が順に並んでいた。
上から、『要件定義』、『基本設計』、『詳細設計』、『魔石・術式開発』、そして『検証』。
四角で囲まれたこの五つの項目は、魔石の開発工程を示していた。
開発とは『滝』である。
昔の専門家の言葉だ。
どんなに優秀な魔法技師でも、開発の流れというものが分かっていなければいいものを作り出すことはできない。
そのために魔法技師の開発は、このような工程に分けて段階的に進めていくようになった。
この開発手法には、二つの原則がある。
工程を飛ばしてはいけないことと、なるべく戻ってはいけないこと。
流れに反することは、基本的にはしてはいけない。
だが、往々にして設計ミスや仕様変更は起こり、手戻りが起こってしまうことはある。
その場合は該当の工程まで戻り、そこからまた順に工程を追っていかなければならないのである。
それゆえ、労力と時間がかかってしまうのだ。
『滝登り』はそう簡単にはできないものである。
「要件定義はあらかた終わっているから設計からだな。俺が主導でやろう。オスカーはサポート、セシリアは魔石素材の調達と検証用器具の準備に入ってくれ」
いつも通りの布陣だ。
魔法の全体像を把握しているイノが、設計をやるのが一番いいだろう。
魔法具周りはセシリアが一番知っているため、彼女に任せるのが一番いい。
時間をかけたとしても一日が限界だ。
オスカーに手伝ってもらってなんとか……
それから開発に休憩時間を含めて六日。
やることは決まっているから、徹夜でぶん回していけるはず。
そして検証。
「一週間後の朝、結合試験を執り行う。ここが勝負だ」
ここで全てが決まる。
全ての魔石と術式を組み合わせて、本番のリハーサルを行うのだ。
うまくいかなければ、計画は失敗。
アイナを救えなくなる。
「大丈夫! 信じよう」
「そうですね!」
後ろの二人が励ますようにそう言ってくれた。
それでも、心の奥底に消しきれないもやがある。
これで、ワークスに近づけているのか。
イノの見えないところで、彼が笑っていたりはしないだろうか。
イノは首を振って、その邪念を振り払った。
これでアイナを助けられる。
イノもそう信じ込んだ。
もうここまでくれば、これに賭けるしかないのだから。
*
こうしてイノ達の開発は本格的に始まった。
全力で、寝る間を惜しんで作業に没頭した。
開発のこと以外、何も考えないようにした。
一瞬で一週間が過ぎ去り、ついに、結合試験の日を迎える。
誰も予想もしていない結末のその日に。
特別作戦、魔石提出期限まで、残り一週間と迫っていた。