第116話 一歩
イノ達は光の増幅を達成した。
『ライト・ピラー』に代わる新魔法、その開発への大きな一歩を踏み出したのである。
「すごいですねセシリア! 何といってもこの魔石ですよ! しっかり光を閉じ込めていました! これなんなんですか?」
オスカーは興奮冷めやらぬといった様子で、魔石の素材についてセシリアに尋ねる。
質問されたセシリアは、ふふんと鼻を鳴らしてドヤ顔を見せた。
「これ? オパールだよ」
「オパール?」
オパールは宝石である。
主に『ウォル・フォギア帝国』の南側で産出される鉱石で、加工された宝石は装飾品として高値で取引されている。
多様な色彩、ガラス光沢を持っていて、貴族からは一定の人気を持っている宝石だ。
そんなオパールにも種類があるが、今回使用されたのは『黒』
ブラック・オパールである。
特定の地域でしかされない希少な宝石だった。
「こんなの、よく見つけましたね! 光を閉じ込める宝石なんて!」
オパールは古くからその表面に『虹』を閉じ込めていると言われている。
実際にその結晶構造は、光を閉じ込める構造をしているのだ。
「宝石、高かっただろう。いいのか?」
「ダイジョブダイジョブ、ちょっと色々あってね————」
セシリアは含みのある言い方をした。
それが少々気になったが、彼女なりに努力した結果だろう。
深くは詮索しなかった。
それ以上に、天然の宝石を魔石として機能させる、セシリアの加工技術の方を称賛すべきだ。
彼女以外にこれができる魔法技師をイノは知らない。
見た目によらず器用なんだよな、こいつは。
「それよりもオスカー、あんたの作った光魔法、緑色に光っているけど、これは?」
オスカーが調整した光魔法は、一筋の光線となっていた。
照明や太陽の光には様々な種類の光が含まれているという。
色々なものが混ざっているため、光の色としては白く見える。
絵の具のようなものだ。
赤色、青色、緑色を重ねると、色は白くなる。
だが、様々な光が混ざり合っていては、精密さが何より求められるこの魔法には適さない。
オスカーは光の束の中から、今回の術式に最も適した光を一つだけ取り出した。
するとそれは緑色だったという。
その光線は指向性に優れていて、散乱することなく直進する。
非常に制御しやすい光魔法を、オスカーは作ってくれた。
「僕は、僕にできることをやっただけです。それよりも————」
オスカーはイノを見る。
「光の増幅をやってのけたリーダーが一番すごいです!」
「そうだね! あんなの普通思いつかないよ! 天才だよ!」
「いや————」
二人が称賛してくれているが、それをうまく飲み込めない自分がいた。
正直言って、ほとんど実感が湧いていない。
それは単に、どうして光が増幅されたのか、ちゃんと分かっていないからだ。
イノは、ワークスが過去に言っていたことを、そのまま参考にしたまでである。
光は魔素に影響を及ぼす。
それが意味するのは、光と魔素の相互作用。
光のエレメントを無属性の魔素体に照射すると、魔素はその光を吸収する。
魔素が光を吸収した状態を『励起』という。
逆に吸収していない通常の状態は『基底』
『基底』状態の魔素に光を当てることで、魔素は光を吸収し『励起』へと遷移する。
魔素が光を吸収する仕組みだ。
また、『励起』した魔素体にもう一度光のエレメントを照射すると、魔素は光を放出し『基底』状態へと移る。
その時、放出された光は元々の光と魔素体に含まれていたエネルギーが合わさり、元の光よりも強いものとなる。
今回の光の増幅において、肝となるのはここだ。
強くなって放出された光が再び、『励起』状態の魔素体にぶつかれば、さらに強力な光が生み出される。
光と魔素とが連鎖反応を起こすのだ。
「つまり、魔石内部の微小空間で乱反射した光が、励起した魔素体にぶつかり続け、連鎖反応で光を増幅させている」
このようにして、光を増幅していくわけだ。
光のような指導者が、周囲の人間を奮い立たせ、大きな力を産むように。
つながりを生み、大きな流れを引き起こす。
「だから俺がやったのはただ————魔石内部に励起した魔素体を注入しただけだよ」
セシリアの作成した魔石に、励起させた魔素体の雲を配置した。
魔素体は術式によってエネルギーを送り込み続け、励起状態を維持する。
魔素は光を放出した後、『基底』状態になるわけだが、すぐに魔法で『励起』状態へと戻すことで、光は励起された魔素体にしかぶつからない。
それによって論理上は、光を永久に増幅させることができる。
「すごい現象ですね……! リーダーの知識量でなければ、こんなの思いつきませんよ」
「……どうかな」
イノは苦笑いをするしかなかった。
この光の増幅法に関して、自分が思い付いたなどとは到底言えない。
これは、ワークスの知識だ。
ワークスの天才的な頭脳から捻り出された光の実態。
イノはその本の一部分を掠め取ったに過ぎない。
「俺は、光がなんなのか、何も知らないんだ……」
これが正しいかどうかも、イノには判断できない。
光が理論上、永久に増幅されるのならば、それだけで敵軍を滅ぼしうる兵器になるのではないかとも考えた。
それが実現できれば、最も低いコストで敵魔族軍を殲滅することができ、戦況は一気に覆るだろう。
それを目指さなかったのは、イノが臆病だったからだ。
そんな魔法が、一体どれくらいの開発規模になるか予想できず、現実的ではない。
分からないなりに、より確実な選択肢を選ぶ必要があった。
だからこそ、光の増幅の時間は一分。
その時間で『セブンス・シェルト』の要求される出力に達する。
「————今はこの方式が正しいと信じるしかない」
「そうだね……!」
俺達にできることはなんでもしなくちゃならない。
アイナを救うために。