第113話 苦悩
「だめだ……」
静かな夜、かすかに虫の鳴き声が窓から入ってくるような教室。
無数の紙の束が散乱している中、イノは頭を抱えていた。
セシリアは光を閉じ込めるための魔石を求め、試行錯誤してくれている。
オスカーにはこの光魔法を試してみてくださいと何度も呼び出されており、着実に魔法の高精度化を進めているようだった。
二人はきっと成果をあげて戻ってくる。
光を保存することが、彼らになら実現できる。
二人を信じると決めたんだ。
残る問題は、光の増幅である。
ただ光を閉じ込めたとしても、それで『ライト・ピラー』に匹敵する魔法になるわけじゃない。
そのため、イノは光魔法の増幅方法について探らなければならなかった。
————探らなければならないのだが。
「どう調べても、増幅させる方法が見つからない……!」
手がかりを探すために、イノは文献をひたすら読み漁っていた。
現状、分かっていることは、光魔法自体を増幅させるのは難しいということ。
魔法の出力は、やはり魔力の多さによって決定するため、術式の工夫で魔法自体を強くすることはできない。
魔法士一生分の魔法出力を得たければ、一生分の魔力が必要になってしまうのだ。
七人分の魔法出力が欲しければ、七人の命が必要になってしまう。
ただの光を強くして、魔導兵器に匹敵するような魔法を作り出すなど————
雲を掴むような話だった。
何より、光についての知識が足りていない。
一から勉強しているのでは到底間に合わない。
だからこそ、イノは必死になってワークスの文献を調べていたのである。
光魔法のことは、その道の頂点に聞いた方がいい。
ワークスは光と魔法の性質、その全ての知識の結集である『ライト・ピラー』の開発者。
その中で、今まで数々の魔法学者が知り得なかった魔法の全てを暴き、帝国における魔法の在り方を変えた。
その努力の道のりが、魔法学論文として残されている。
初めはエルステリア人の魔法士が書いた論文など、帝国ではゴミくずも同然だった。
元よりワークス自身、誰かに認められたくてやっていたわけではないだろう。
それでも、彼は後世に何かを伝えようとして、論文を書き続けた。
そんな希望の紙の束が、イノの前にこんなにも集まっている。
「とは言っても————」
正直、ワークスの論文はもう嫌というほど見ている。
この論文だけが、当時ワークスが生きている便りのような物だったからだ。
三年前は、帝国民に捨て紙のように扱われたこの論文を見て、ワークスが頑張っていることをアイナと確認していた。
だから、イノはワークスの出した論文にはあらかた目を通している。
当時の学者のほとんどが見向きもしていなかったが、イノだけはこの論文の凄さを知っていた。
とてつもない魔法知識、完璧な理論、何度読み返しても納得せざるを得ない文章がそこに綴られている。
魔法学の奥底へと、一歩ずつ誘うようにだ。
したがって、イノはワークスの文献を知り尽くしていた。
これらから、新しく得られる情報はもはやない。
「くそ……何かないのか……!?」
静かな教室に、自分の大きな独り言が妙に響く。
何もできないという焦りで、額から汗が滲み出ていた。
セシリアとオスカーに対して俺はどうだ。
二人は目標を見つけ、達成に向けて地道に突き進んでいる。
それに対しイノは、問題解決の糸口もとっかかりすらも、まだ見出せていない。
このままじゃ、二人に合わせる顔がない。
「教えてくれ……ワークス……!」
イノはワークスに頼るしかなかった。
光魔法を、光を知らないイノに何か……
お前の妹を助けたいと願い続けるイノに、何かを……
縋るような思いで、イノはワークスの記した一言一句に、血眼になって目を通す。
しかし、何も見つけられないまま、イノの体力が尽きていった。
あれほど、セシリア達に寝ろと言われたのに、寝なかったツケだ。
イノは、散乱する紙の束の中、眠りに落ちてしまった。