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第五話 ヒヨコ物語

今回はヒヨコのお話です。

 彰介は高校の図書室にいた。

今は昼休み。校庭で元気にサッカーや、わけのわからない遊びをしている者がここからよく見える。

図書室は校舎の最上階にある最も北側の部屋だ。今日の貸し出し手続きの担当者は彰介。カウンターに座って誰か来るのを待つだけ。実に退屈な時間だ。

 開いた窓から入ってくる風が、彰介を優しく包み込む。


 そんな中いきなり図書室の扉が開いた。

「ねえねえ、見てこれ」

 やってきたのは瑞樹。彼女の手のひらには一羽のヒヨコが立っていた。今の状況がわからないのだろうか、ヒヨコは首を左右に動かす。

「それどうしたんだ?」

「飼育小屋で産まれた子」

 ここは高校では珍しい鶏の飼育小屋があり、そこから生まれたという。親と一緒にすれば踏まれたり、蹴られたりですぐに弱ってしまい、だからと言って鳥かごに入れたら棒の隙間から逃げようとして、首を挟んでしまうという。何かいい方法がないだろうか、という訳で相談に来たらしい。

「そのヒヨコの名前は?」

「コンソメ。私が命名したの」

「……コンソメ、ね」

 大きくなって瑞樹に食べられたりしないよな、と彰介は少し不安を感じる。とりあえずどうしようか、学校だと鳴き声で授業妨害になる。瑞樹の家は昔一度行った事があるのだが、マンション住みのため動物は飼えない。

 自分の家で飼うしかないか、と彰介は考えた。

「まずはちょっと小さい段ボールの中に雑巾を敷かないと」

 首を挟むのなら、一面壁にしないといけない。彰介は偶然にもカウンターの下に適当な大きさの段ボールと未使用の雑巾を発見。何冊か本が入っていたが、それは別の段ボールに移した。

 これで逃げる心配性は無し。後は餌の問題だ。

「ちゃんとヒヨコ用の餌があるみたい。ホームセンターとかで売ってると思うよ」

「ホームセンターか……」

 彰介の住んでいる村にホームセンターなんて無い。あるとしたら菊池商店という年配夫婦が営んでいる小さい店だけ。そんな店にヒヨコの餌が売っているわけないだろう。

 ここ大丈町にホームセンターはあるのだが、大丈商店街よりももっと先。帰りがけに寄る事はまず不可能だった。先日の件もあり、なるべく早く蓬奈と帰らなくてはいけない。

 所詮は鶏の子供だ。パンくらいは食べれるだろう。

 そして彰介は言う。

「そのヒヨコ、俺が育てようか?」

「本当に? ありがとう!」

 瑞樹は微笑んだ。彰介はこの笑顔が好き。単純に人の喜ぶ姿は好きなのだ。


 この日、彰介は段ボールを片手に下校をした。

 校門で彰介を待っていてくれた蓬奈の注目が段ボールに向く。前髪を垂らして隠している額の傷痕。髪の隙間からそれは窺えた。彰介はその傷跡を見て、誘拐犯に対しまた怒りが込み上げてくる。

 だけど、そこに誘拐犯本人がいるわけでもない。今見えない相手に怒りの矛先を向けるのもバカバカしい。

 そう言えばあの時、誘拐犯の言っていた後悔とは一体何の事だったのだろう。何故か頭に残るその一言。これから先、後悔という名の闇が彰介を包み込むことになるのだろうか。

 彰介は様々な思考を脳内に張り巡らせた。

「何それ? ピイピイ聞こえるけど」

 蓬奈の質問で彰介の思考は打ち破かれた。

 考え事をしていた暗い空間から、いきなり学校の風景が目に飛び込んできた。昇降口からは続々と学生たちが帰る支度をし、校門を出ていく。空は夕日で真っ赤に染まり、木々の葉が風で優しく揺れる。いつも通りの学校。いつも通りの日常。

 今考える必要もないか。

 そして彰介は答えを言った。

「ヒヨコ。これから俺ん家で飼うことになった」

 段ボールを開けると、黄色い毛並みのヒヨコが顔を出す。四六時中鳴いていても疲れを見せない、とても元気なヒヨコだ。

「うわ、初めて生でヒヨコを見た。大体見るのは調理された親の姿だもんね」

「……その子供の前で酷いこと言うなよ」

「アハハ。ごめんごめん。で、その子の名前は?」

 とても言いにくい質問をしてきた。さっき注意した自分の立場が崩れるだろう。でも無視するには心苦しいところだから彰介は思い切って答えた。

「コンソメって名前」

「ヒヨコにそんな名前つけるのはどうかと……」

「俺じゃない、瑞樹がつけた」

「瑞樹?」

 首を傾げる蓬奈を見て、彰介は疑問を抱いた。結構顔の広い彼女が同学年の瑞樹を知らないのだろうか。

「おい、そこ! もう下校時刻過ぎてるぞ!」

 学校を見回りしている教師が彰介たちに呼びかけた。校内にはまだ生徒が残っているものの、とりあえず目についたから言ったのだろう。


 二人はバスに乗り、家へと帰る。

「そういやお前、瑞樹知らないのか?」

 バスが悪路で小刻みに揺れた。なるべくその振動をヒヨコに与えないように彰介は段ボールを持つ。

「うーん……。あ、吹奏楽部の人?」

「そうそう。そいつ」

「クラスは違うし、吹奏楽部にはあまり遊びに行かないから、自分の中じゃ印象が薄かった」

 蓬奈は極道の娘というだけで、部活に入る事は出来ない身になってしまった。きっと大会などの会場先で問題を起こされては困るのだろう。もう彼女は極道と関係の無いのに、極道の娘というだけで入部を断られてしまう。人間の先入観や考え方は汚いものだと彰介は思った。

 やろうと思えば彰介も帰宅部になろうと思ったのだが、冬衛門が反対し、磨き上げようと思った道は最後まで磨き上げろ。と言われて剣道部に引き続き所属する事にした。彰介は中学の頃から剣道をはじめ、そこからは急成長。中学一年生で県大会上位六位という結果まで上り詰めた。

 よって蓬奈が選ばざるを得なくなってしまった道は一つ。帰宅部だけだ。だけど帰る時は彰介と帰らなくてはいけない為、どこかの部活に勝手に遊びに行っては時間を潰しているらしい。時々剣道部の練習風景を見に来ることもある。


 さて、すっかり日も暮れて、時刻は午後八時。

 コンソメを持って帰ってきたときの遥子は非常に驚いていたが、快く育てることを承諾してくれた。

 明樹が大学から帰ってきて来た時は、

「……なんかピイピイ聞こえるんだけど」

 と言って遥子とほぼ同じ反応をした。だけど可愛いという理由ですぐに慣れてくれた。

 幸秀は特に驚きもせず、「父さんも昔は小鳥を飼っていたぞ」と言い、コンソメを構ってくれている。

 コンソメは比較的に涼しい居間の隣の部屋で飼うことになった。餌は彰介が帰宅した際に、幸秀にメールを送って、仕事の帰りがけに買ってきてもらった。粉のような餌を突きながら食べる姿を見て彰介は微笑む。


 北城家に新しく加わった小さな家族。

 それと共に増えた小さな暖かさ。

 彰介は何故か明日が楽しみになった。

実はこの話、ほとんど実話です。

私、時丘の体験談なんです。

ふとこの小説を執筆している時に思い出しました。

こんなこともあったな・・・、と。


昔飼育委員を務めていて、その時偶然にヒヨコが産まれました。

小説と同じく、蹴られるや踏まれるやで鳥かごに入れたら首を挟む始末に・・・。

結局段ボールの中に入れました。


コンソメも本当にヒヨコに付けた名前です。

クラス内で名前の募集をしたら何故かコンソメの投票数が一位に・・・。

そして私の家で飼うことになったのですが、コンソメは二日でこの世を去ってしまいました。

コンソメが命を経つ間際には何人かのクラスメイトも駆けつけてくれました。

今思えば、駆けつけてくれたクラスメイトを私は良く思います。

もう会うことはないと思いますが、クラスメイトたちの優しさは本当に素晴らしいものです。

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