第三話 偶然の重なり
嫌な予感を感じる彰介。
今回は新登場の人たちがが出てきます。
高校の校門へ着くと、学生たちで大いに賑わっていた。それを上手く避けて下駄箱へ向かう。
校舎は少し古いものの、意外と広い作りになっている。入学したての一年生だと、まず迷い込むだろう。
彰介と蓬奈は上履きに履き替えて教室へと向かう。
蓬奈の家庭事情に関して知っているのは彰介と学校の全教論のみ。極道という家庭でありながらも、彼女を受け入れてくれたのは校長のお陰だろう。校長は初老を超えた男性で、誰に対しても優しく接している。どんな状況下に陥っても全く動じないという鈍感さを持ち、絶叫マシーンや怖いとして名を馳せているお化け屋敷に入っても、声一つも出さなかったという噂。
「あ、今日は浩二の授業だ……」
と彰介は嫌な顔で言う。
浩二とは古典を担当している教論。本名は塚山浩二。三十路近い男性で、彼の目は死んだ魚のような目をしている。そして、既に髪が薄い。
しかも説教長い、何かとケチをつける、という性格から、学生からは嫌がられていた。
別名、解凍本マグロ。もちろん彼の目から来ている。
蓬奈と彰介はクラスが違うので、第二学年の階で別れた。彰介は扉を開けると、誰もいなかった。
平然と机が並んでいて、物音一つもない。一人だけ教室にいるという独特の孤独感は何とも言えないものだ。とりあえず自分の席に座って教科書や参考書を机の中に入れる。
今日は一時限目から古典の授業。解凍本マグロと朝早くから会える絶好の機会だ。
はぁ、と彰介は軽く溜め息をついた。
ぼんやり窓の外へ目を向けると、陸上部や野球部等が部活動の朝練習をしている。彰介の所属している剣道部は朝練習が無い。理由は顧問が朝は低血圧な為。完璧に私事なのだが、それで通っている剣道部もある意味凄い。
しばらくすると女子学生が入ってきた。
「彰くん、おはよー」
「あ、うん。おはよう」
彼女の名前は高瀬瑞樹。生徒会で会計を担当している。黒髪の長い髪を一つで縛ったポニーテールの髪型。夏用の制服を着ていて、片手にはフルートの入ったケースを持っている。ちょっと目つきが悪いが、顔は結構整っていて、シルバーフレームの眼鏡を着用。笑えば目つきの悪さはそんなに目立たない。
「ねえねえ、古典の宿題終わった?」
あまりにも唐突的な質問。それに古典の宿題なんてあったかな、と彰介は記憶を探る。
不味い。思い出せない。
「あったっけ、宿題……」
もしあったとしたなら大惨事だ。きっと十五分以上は説教を受けることになるだろう。彰介の額に浮かんだ冷汗を見て、瑞樹は笑いを堪えた。
「嘘だよ。古典の宿題なんてないから安心して」
「なんだよ、もう……」
安堵を浮かべた彰介の表情を見て、瑞樹は笑う。彼女とは高校一年生の時からの付き合いで、当時からこんな悪戯ばかりを受けていた。高校に上がった時に最初に話しかけてくれて、その後、今のような関係へとなる。
そんな瑞樹にも美点はある。誰とでも躊躇なく接してくれるのだ。それは彼女の積極的な一面も関係しているのだが、例え柄の悪い不良でも扱いを変えずに話す。
瑞樹は彰介の隣の席に座り、一本のヤクルトを差し伸べた。
「あげる。古典の授業が嫌なんでしょ?彰介と解凍本マグロは犬猿の仲だからね。これ飲んで元気出しなさい」
「あぁ、ありがとう」
いきなりこんなことしてくるのも彼女らしいところである。
さて、大っ嫌いな古典の授業を無事に終え、その他の授業も無事終了。
放課後になり図書委員は動き出す。一応図書室に行く前に、彰介は蓬奈に会い、家に無事着いたら電話をするように伝えた。
また、何か問題が起こったら出来る限り大声を出して周囲の人に気付いてもらうこと。その二点さえ頭に入れておけば平気だろう。
委員会はなるべく早く終わらせる。少し不安を残して彰介は委員会へ臨んだ。
「さてと、まずは本の貸し出し状況について話します」
ついに始まった長い長い委員会。図書委員担当の先生の長話が元凶である。それさえ無ければ三十分は早く終わるだろう。
彰介は何度も時計を確認。その姿はとても目立った。
委員会開始から五十分経過。既に家に着いても良い時間だ。彰介は隠れて携帯を開いて新着メールを確認した。が、一通もメールは無し。着信履歴を見ても蓬奈からの連絡は無し。
「おかしいな……」
小さく呟いた。
彰介はトイレに行くと言い、一旦図書室を出て、少し離れたところで蓬奈に電話をした。気のせいだろうか。無駄に電話の発信音が長く感じる。一分程経ってやっと電話が通じた。
「お、おい。家に着いたか?」
と、慌てて言う彰介。
「もしもし?」
幼い男の子の声だった。聞いたことのない声で、誰だかわからない。
「え? あ、えっと……。君、その電話どこで見つけた?」
「大丈商店街の近くの空き地」
幼い歳ながらも具体的な説明をしてくれた。そのことには感謝をするしかない。
「わかった。今からその空き地に行くから絶対にそこから動くな」
「うん」
急いで図書室へ直行。竹刀と木刀を入れたケースとバッグを抱え、ちょっと用事が出来た。と言い訳をしてすぐに商店街へ走る。
商店街と蓬奈の家は全くの逆方向。嫌な予感が体を駆け巡った。
息を切らして商店街の空き地に着く。そこには先ほどの男の子が木の廃材の上に座っていた。
「これ返すね」
蓬奈の電話を渡し、男の子は家へと帰る。そして一つの電子音が蓬奈の携帯から鳴り響いた。
画面を見ると一通のニュース速報。内容は誘拐事件の件についてだった。
『先日の中学生誘拐事件にて、不審な黒のワゴン車の目撃情報が入りました。その情報から、警察は捜査を進めています。』
今まで大丈町で頻発していた誘拐事件。きっと犯人はこの町にいるはず。だけど探すあてもなく、彰介は商店街を歩いた。
これからどうしようか。何か打つ手が無いだろうか。気づくと彰介は大通りに出ていた。交通量が多く、排気ガスで空気が汚染されてる。道に迷った、と彰介は思った。ろくに思考が働かない。
とりあえず学校方面に戻る為に裏路地に入った。学校に戻ってどうする?そうだ、警察に連絡をすればいい。それが一番だ。彰介は警察に連絡しようと電話を手に持った時だった。
車のエンジン音が背後から聞こえてきた。車種は黒いワゴン車。
「黒……。ワゴン車……。」
その瞬間に彰介の頭は動き出す。黒だ、黒いワゴン車だ。彰介は急いでその車を追う。体力に限界が来ても今は蓬奈の身の方が大切。
あの車が犯人のものとは限らない。蓬奈が誘拐されたとも断定できない。けれども、偶然に得た可能性が今ここにある。それに頼ってみる価値は十分あるのだ。
無我夢中で車を追いかけて、ワゴン車は古くて小さなアパートに到着。所々蜘蛛の巣が張ってあり、誰も住んでいる気配は感じられない。土地は整備されていなく、草は伸び放題で、各部屋のポストは大量の新聞や封筒が詰め込まれていた。
物陰に隠れて、彰介は車から出てくる人を凝視する。ヤクザっぽい男で、階段を上り二階の隅の部屋へと入った。ポケットのズボンには白銀に輝く細長いものが見える。ナイフか何かの刃物だろう。それを見て彰介は察した。絶対に誘拐犯だ。
彰介は竹刀を握りしめる。さっきまで走っていたから、じっとしていると体が物凄く熱い。
そして男が扉を開けた瞬間に彰介は一気に階段を駆け上がったのだった。
解凍本マグロと目つきの悪い高瀬瑞樹。
瑞樹は今後も登場させるつもりでいます。
既に構想は完成済みなので、いつかはまた彼女が出てくることでしょう
マグロに関しては・・・。
出来たら一度マグロと彰介の大バトルを書きたいです。