第二話 そして動き出す
極道の娘と一般庶民の物語。
そして謎の誘拐事件。
勘の良い人はもう気づいたはず・・・。
大蔵山家の大門へと到着した。
深呼吸をして、門柱に着いているインターフォンを押す。いくら友人のいる家と言えど相手は極道の家。ただ一番の幸いはヤクザではないところだろうか。
ヤクザは極道を自称する場合があるが、実際の極道は違う。弱きを助け、強きを挫く。という芯はちゃんとした組織なのだ。
「彰介くん。いらっしゃい」
出迎えてくれたのは大蔵山一家の長男である奏衛門。極道とは一切関係の無い彼だが、衣装はちゃんとした和服。長身で顔立ちの整っている奏衛門は、懐が広く、独学で護身用の術を身につけた。顔立ちが整っていて、長身で、懐が広くて、なおかつ力もある。是非とも見習いたい男性だ。
「あの、蓬奈さんから借りたノートを返そうと思って……」
心優しい奏衛門だが、やっぱり彰介は口が回らない。
大蔵山家と付き合ってもう十七年。まだ慣れないのは、この屋敷にそんなに足を踏み入れていないからであろう。
「じゃあ上がりなよ」
奏衛門は彰介を催促し、屋敷の庭園の中を歩いた。夕日を反射した池の水面は実に奇麗で、その中にいる鯉が見事に映える。
また、鹿威しから響き渡る竹の音は、いつまでも聞いていたいような雰囲気にさせられた。
そう言えばこの家に上がったのはどれほど前の事だろうか。彰介は自分の記憶を遡る。そうだ、中学の時の入学祝でこの屋敷に上がった以来だ。
初めて着る制服は少し大きかったが、そんな事は関係ない。制服が着れたことが一番嬉しかった。高校に上がれば詰め襟のタイプではなく、ブレザーへと移り変わる。段々と大人になっていくんだ。もうすぐしたらスーツを着る年になるかもしれない。
気がつくと既に蓬奈の部屋の前だった。彰介は軽く扉をノックする。
奏衛門はいつの間にか姿を消していた。
部屋へ入ると、結構整理された空間が広がっていた。この家の外装は見事な日本の家だが、蓬奈の部屋はそれと対照的。女子学生らしさが漂う部屋だ。
辺りを見回しても、蓬奈の姿は見当たらない。その代りベッドの上に不自然に膨れ上がった布団が一つ。彰介はその布団をそっと覗くと、蓬奈は就寝中だった。兄同様に整った顔立ちをしている。
寝ているなら仕方ない。机の上にノートを置こうとした時だった。蓬奈は起床。軽く首を回したり、腰を回したりする。その度に乾いた骨の音が響き渡った。
「あ、彰介。何か用?」
寝ぼけた眼で立ち上がり、ふらふらと歩きまわる姿は何とも情けない。そして欠伸を漏らす。
「この間借りたノートを返そうと思って来たんだ」
と、彰介は手短に説明。蓬奈はというと携帯のメールの確認。
すると、まだ眠気さの残っている細い目が大きく開いた。
「ねえ、見てこれ。また大丈町の誘拐事件だよ。今度は中学一年生の女の子だって。もう学校に行く気が失せるよ……」
彼女の携帯には定期的に最近のニュースが入るようになっており、これほどまでに凶悪な事件はすぐに増刊として送られてくる。
「平気だろ」
と、一言で片付けるのが男というもの。この事件の今までの容疑から見て、男は一度も誘拐されていないからだ。
「一言で片付けないでよ。まぁ私には彰介がいるから安心。いざという時は竹刀でボコボコにしちゃえ」
「あ、悪い。明日は委員会があるから遅くなる。図書委員はいつも下校時間を過ぎるからな」
「いつから君はか弱い女の子を見捨てるようになったんだね」
中年のオヤジのような口調で言う蓬奈。
「本当にごめんな。それに夏休み中の図書室開放期間の計画もしないとだからさ……」
「……うん。わかった」
蓬奈は少し名残惜しそうな感じをする。
下校時には教師が校内の見回りや、校門で見送りをする為、下校時刻を過ぎてまで校内にいることはできない。とりあえず明日は仕方がない。何も起きないことを彰介は願った。
さて、夕食時へとなった北城家は実に賑やかだった。
明樹と遥子がいるだけでかなりの賑やかさになるのだが、そこで幸秀が加わると、賑やかというよりうるさくなる。
「今日はな、外回りをしている時にソフトクリームの美味い喫茶店を見つけたぞ!週末に家族で行こうじゃないか!」
「父さん。普段そんな事しかしてないの?」
「あ、口が滑った……」
そのことがきっかけで、幸秀は遥子に長い時間正座で怒られた。けど、幸秀はその時は笑顔だった。彼はいつも笑顔。どんな状況でも家族でいられる時間が楽しいのだろう。
彰介にメールを多く送るのもわかる気がする。遥子に送れば怒られる。明樹に送れば現実的突っ込みをしてくる。けど、彰介に送ればちゃんとふざけたメールを返信してくれるからだ。
時は進み、彰介は睡眠へと入り込む。
夕食時の賑やかさとは対照的に、静けさが彰介を包み込んだ。物音は時計の秒針の音と、小川の水の流れの音だけだ。
今日は一段とそれらの音が大きく聞こえた。
そして慌ただしい朝がやってくる。
休日なら雀の声が良く聞こえるのだが、平日は忙しくて堪らない。顔洗い、歯磨き、弁当と朝食の準備、着替え。やることはとても多い。
北城家では「朝の五分は一時間」という言葉を教訓にしている。朝になったら、五分間で普段の一時間ほど働け。という意味だ。
彰介は朝食を済ませてすぐ登校する。一時間に一本のバスを逃したら完璧に遅刻決定。生活指導の教師の長い説教を喰らう事となる。
息を切らしてバスに乗り込むと、蓬奈が座っていた。
「おっはよー」
手を振ってくる蓬奈に反応出来るほどの体力は残っていない。幽霊のような気味の悪い歩き方をし、椅子に座り込んだ。
バスはゆっくりと発車。エンジンと悪路で車体揺れる。
「今日は月曜日だ。週の始まりは元気で行かないとね!」
上機嫌な蓬奈の対し、彰介は息を荒くしてずっと黙ったまま。正直気持ち悪い風景だ。
バスは大丈町へ到着。二人は並んで高校へと向かった。
この日が無ければ、少年はこの先苦労する必要がなかっただろう。
さて、ここまで読んで頂きありがとうございます。
個人的に幸秀が一番大好きです。
あんな人が友達なら良いですよね。
そして次回は物語が急展開!(の予定)