第一話 事件の前触れ
本格的に第一話の始まりです。
この話から物語は動き始めるので、楽しめていただけたら幸いです。
さて、どれほどの時間が経っただろうか。村を巡回する地方バスに乗った彰介が深い眠りから目を覚ました。
バスの床は木材で出来ていて、このようなバスは最近では非常に珍しくなっている。窓から見える景色は、一面向日葵の海になっていて、その向日葵の海の隙間から見える空は実に奇麗な青色。そこに少し白い雲が混ざっていた。
「あ、すいません。次のバス停で止まって下さい」
彰介は言うと、バスの運転手は返事をした。
「あいよ。おつかいごくろうさん」
少し若さの残る声だった。三十路近い男の声だろうか。
しばらくしてバスは目的の場所へと到着した。
「いつもすいません」
彰介は軽く愛想笑いをし、運転手に料金を手渡した。
「いやいや、彰ちゃんとか蓬ちゃんがいないと、こっちも仕事になりゃしないよ」
過疎地域と化しているこの村では、バスの利用者が少なく、既に会社の方も倒産寸前。けれどもまだ車の免許も持っていない彰介や蓬奈は、このバスが唯一の移動手段だった。このバスが無いと学校へは通えない。自転車はあるけれども、隣町の学校までは一時間以上も時間を費やさなくてはいけない。
彰介はバスから降り、ろくに整備もされていない土道を歩き出す。傍らには向日葵畑、頭上には青い空。空気を害すものは少なく、これだけ植物もあればいつでも澄んだ空気を吸える。真夏の暑さに耐えながらも彰介は歩き続けた。
山の上流から流れ来る大きな川を、木で作られた幅が狭い長い橋で渡りきり、少しして今度は小川の上に作られた幅の広い短い橋を渡りきる。彰介の家はもう目の前。小川の近くにあるので、夜の静かな時になると、水の流れる音がよく聞こえる。
「おつかいごくろう様」
家の庭で出迎えてくれたのは北城遥子、彰介の母親だ。
「どういたしまして」
そう言い残し、彰介は日本独特の文化で作られた木造建築の家へ入る。この村は人が少ないため、一人辺りの敷地面積はとても広い。だが、大蔵山邸は論外。もちろん良い意味でだ。
立派に立てらてた北城家の家は、時代劇にでも使えそうな和風の家。一つ一つが大きな部屋で、窓も大きい。そのため部屋数が少ないという日本特有の間取りをしている。
そんな家の一室からテレビニュースの報道が聞こえてきた。そこは北城家の居間に当たる場所で、その部屋のテーブルの上には麦茶の入ったコップが一杯。コップの傍らには彰介の姉である明樹が座っていて、テレビを観ているところだった。
彰介の存在に気づいたのだろうか、
「ねえ、観てよこれ」
と、明樹は彰介を催促する。少し気になりテレビの画面に目を移すと、番組は現場へ中継が繋がっていた。
『ここ、大丈町では五日程前から女子学生や女子児童の誘拐事件が相次いでいます。警察は組織的犯行、又は同一人物による犯行と見て捜査を続けています』
現場にいる中年男性と思わしきアナウンサーがカメラに向かってそう語っていた。大丈町とは、彰介や蓬奈が通う高校のある地域で、最近誘拐事件が後を絶たないらしい。
行方不明の人々は未だ見つかっておらず、消息も不明とのこと。
「最近はこんな事件が多いな」
呑気に彰介は言う。
昔は相当な恨みや憎しみがあった理由での殺人事件などが起こっていたのだが、今は違う。単に「誰でもよかった」という理由で殺人を犯したりする事件が多い。
「あんた、今度から蓬奈ちゃんと一緒に帰りなさい。剣道部なんだから、女の子一人は守れるでしょ?」
「そう言われなくても既にやってるけど……」
ニンマリと明樹が彰介に向って笑みを見せる。
「もしかして、付き合っちゃったりしてるの? どの辺まで行ってるの?」
「違うよ! 母さんが心配だから一緒に帰れって」
明樹は軽く舌打ちをして、テレビのチャンネルを変えた。そして小さく一言。
「……彰介、顔赤い」
「あ、赤くなんかなってねえよ!」
彰介は早足でその場から立ち去り、自分の部屋へと向かった。ドタドタと無駄に響く大きな足音。その姿を見て、明樹は笑っていた。
彰介は自分の部屋の扉を開けた。
部屋は意外と整理されていて、その中にある棚にはロボット系のフィギュアや、少なからず女性キャラクターのフィギュアも飾ってある。彼は見た目こそ少し悪い感じの不良だが、実は大のアニメ好き。
そのギャップで学校では男女や学年問わず様々な人から好かれていた。彰介は多趣味で、雑学知識も豊富。誰とでも話が合うのが好かれる理由だろう。彰介の父親、幸秀も同じで、見事にその血を引いてるとも言える。
そんな時、一通のメールが彰介の携帯電話に届いた。送信者は父親の幸秀だった。
『勤務中だけど、ソフトクリームの美味い喫茶店を見つけたぞ!今度皆で行こうじゃないか!』
メール本文からわかるように、もちろん彼は勤務中。外回りをしている間に見つけたのだろう。そんな自由奔放な父親だった。時には「この上着どう?」という感じで、店の上着を試着し、それを写真に撮ってメールを送ったりもする。もちろん勤務中。
その割には都内の有名大学を卒業したという高学歴の幸秀だった。今はその面影が一切なし。ただのサラリーマンだ。
彰介は微笑みながらメールの返信をする。こんな父親でありながらも、彰介は幸秀の事が嫌いではなかった。もはや尊敬しているくらいだ。
大抵の人は、都内の有名大学卒業生は堅苦しかったり、全てを頭や数字で解決をしようとするイメージだろう。しかし、その中には少人数ながら、頭が良くてもバカになれる人もいる。それが北城幸秀という人物なのだ。
そんな人物を北城彰介は気に入っていた。
日も暮れて辺りは夕日で真っ赤に染まっていた。遥子は急いで夕食の準備に取り掛かる。
「あ、まずいな……」
彰介は自分の部屋の机の引出しを探った。
「蓬奈から借りたノートを返さないとだ」
明日学校で返しても良いのだが、なるべく早く返したいのが彰介の流儀。時間さえそんなに遅くなければすぐ行動に移すのだ。
引き出しの中にあった、奇麗な淡い色の水玉模様がプリントされたノートを手で持って、大蔵山家へと向かう。家は隣同士でありながらも、敷地が広いから門まで行くのが大変だ。
彰介は夕焼けに包まれながら、走って蓬奈の場所へ向かったのだった。
さて、どうでしたでしょうか?
多少は人物の個性が出るように努力はしたのですが、その辺りは難しい・・・。
情景描写もちゃんとしないといけないので、日々精進致します!