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第十八話 夏祭り

 彰介は八月上旬に無事退院。大場との問題も一悶着があったが、どうにか纏める事は出来た。そして今日は夏祭りの日である。正直、彰介は行く気が無かったけれど、半強制的に明樹に連れられて行くことになった。

「姉ちゃん遅いよ。早くして」

「ちょっとは待ってなさいよ」

 何故か準備となると毎回明樹が遅れる。昔家族旅行に行ったとき、明樹のせいで予定時刻より一時間も行動が遅くなった。個人で行ったから幸いだったのもの、もしツアーだったら他の客から冷たい視線が向けられたことだろう。

「準備出来た?」

「あー、トイレ行ってくる」

 駄目な姉だ、と彰介は思ったが、それは口に出さない。彼からすれば明樹は独裁国家の塊。下手に反論をしたら、その時はどんな目に遭うか分かりきっていることだから。

「はいはい、お待たせしましたー」

 明樹は朝顔の刺繍が施された浴衣に身を包んでいた。生地が水色なので、より爽やかさが引き立っていた。一方彰介はTシャツにズボンというラフな格好。甚平はあったのだが、小さくて着れなかったので仕方なくこんな格好に。

 彰介と明樹はバス停まで行くためにしばらくの間夜道を歩く事になる。電灯は一切なく、唯一頼りになる光と言えば月くらいだ。

 やっと今までと同じような生活が送れているような気がする、と彰介は思った。いつもは同じような毎日で退屈だったが、いざその生活が壊されると妙な違和感を感じ、また元の生活に戻りたくなる。失った時にやっと気づく事が出来るそのものの価値。失ってから気づくというのはあまりにも卑怯な事だ。もし、それが二度と元通りにならないものならば尚更の事である。

 バス停に着くと、運がいい事にちょうどバスが止まっていた。それに乗り込んでみると、既に先客が二名。蓬奈と奏衛門だ。奏衛門はいつもと同じ和服姿。蓬奈もそれに合わせたかのような紺色の浴衣を着ていた。

 彰介はその二人の近くに座ったのだが、何やら明樹は運転手と会話をしているようだった。明樹の表情は彰介たちから全くもって窺う事は出来ず、とりあえず彼女を待つことにした。

「ねえ、運転手さん。今日はお祭りですよね?」

「ああ、そうだね」

「やっぱりお祭りは楽しく行かないとじゃないですか。って事で料金を少し割引に……」

「えぇ、それは無理だよ」

 運転手はそう否定した時だった。明樹は拳を握って指から乾いた音を出すと、あっさりと運転手は肯定。

「わかった、二割引にするよ」

「は? それだけ?」

「……半額でどうぞ」 

 満足そうな笑顔で明樹は彰介の隣に座った。きっと運転手と会話をしていた時の顔はこれと正反対だったに違いない。

 バスは重いエンジン音を鳴らしながら発車した。

 


 大丈神社で催される夏祭りは非常に活気で賑わっていた。子連れの親子もいれば、恋人同士、数人の友人を引き連れて楽しんでいる少年たちもいる。屋台と屋台の小道を大勢の人が通る様はまるで川の流れのようにも見えた。

「酷い混み様だな……」

 彰介は思わず溜め息をつく。あまり混雑した場所はそんなに好きではない。どちらかと言えば学校でぼんやりしていた方が好きである。何も考えずに黒板を目に映したり、机の上の消しゴムを目に映したりする時間が彼にとっては堪らないほどの至福。彰介は我ながら凄く悲しい幸福だと思う。

「私パス! もうちょっと人のいないところ探す!」

 そう言って明樹はどこかへと行ってしまった。相変わらずの気まぐれさである。とりあえず当分の間は三人で行動する事になった。屋台は金魚すくいや人形焼きなど種類は豊富。木から木へと下げられている提灯の眩い光。全く祭りに行かなかった彰介にとっては何もかもが懐かしく感じる。

「あのー、すいません。お手洗いに行ってきます」

 奏衛門は人混みの中に消えていった。結局残されたのは彰介と蓬奈の二人だけ。この場でずっと立っていても通行人の邪魔になるだけなので、彰介たちは人の流れに任せて移動をすることにした。

彰介たちは本堂へと到着。神社側の指示らしく、本堂の近くには一軒も屋台が開かれていなかった。お陰で人も少なく、ここならゆっくりと出来そうである。

 その時だった。彰介の肩に一つの衝撃が走る。その直後に「わっ!」と、小さな女性の悲鳴と地面から伝わってくる鈍い音。彰介はその音のした方に目を向けると、そこには白い浴衣を着た少女が倒れていた。

「大丈夫ですか?」

「あ、あの、その、すいません!」

 少女は慌てて体を起こした。彼女はショートカットの髪に透き通るような白い肌。そしてレッドフレームの眼鏡をかけていた。その眼鏡の奥に輝く碧眼は蒼いビー玉のようだ。

「あっ……」

 蓬奈と映画館に行ったときに目にした人だ、と彰介は記憶を探る。

「どうかしました?」

「いえ、こちらこそすいませんでした」

 彰介は曖昧な返事をして、少女を見送った。少女の向かう先には一人の少年。彼は先ほどのやりとりを見ていたのか、少女を指さして笑っている。少年の容姿はパーマのかかった茶髪の髪に、百八十センチくらいはあると思われる長身。

「世界って狭いなぁ……」

「何言ってるの。彰介らしくない」

 彰介はあの二人を見たが、蓬奈は一度も見ていない。こんな事を言われるのも当たり前か、と彰介は苦笑をする。

 彰介たちは本堂の近くにあったベンチに腰を下ろした。本堂には提灯が下げられていたが、屋台が無いせいで暗く感じる。さっきまで歩いていた道と隔離されているような雰囲気もした。活気ではなく静寂に包まれた小さな空間。ここなら近くに明樹もいそうな気がし、彰介は辺りを見回すのだが彼女の姿は一切見えなかった。

 突然闇に染まった空が明るく照らされた。そして轟轟しい音が空から降りかかる。

「あ、もう花火上がってる!」

 子供のようにはしゃぐ蓬奈を見て彰介の頬は自然と緩む。こんな姿は今まで見たことがないからだ。今度は鮮やかな紅色の花火が打ち上がる。さっきの花火よりかは大分小振りだったものの、鮮やかな色に彰介は目を奪われた。

「ねえ、彰介」

 彰介は蓬奈を見る。真っ暗で何も見えなかったのだが、花火が上がったお陰で数秒間だけ蓬奈の表情を窺う事は出来た。かなり真剣な顔。一体何事かと彰介は思った。

「……何?」

「あー、いや。何でもない」

 何だよそれ、と思ったが彰介は追求は止めることにする。本人でも何故かわからない。

 次々と上がる花火は二人の姿を奇麗に照らしていた。

 






「なんだ、ここにいたのか」

「ストーカー? 訴えるよ?」

 本堂の裏側にある長い階段に明樹が座っていた。そして奏衛門は彼女の訴えを無視して隣に座る。二人はずっと花火を眺めていた。何かを言いたそうだけど、それは言わないようにしているようだった。余計な言葉はいらない。ずっとこうしているだけで良いという雰囲気が二人から漂っていた。

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