第十七話 終結
あの時と同じだ。意識が途切れて、気がついたら病院にいる。
結局自分は何の役にも立たなかった。後先考えず動いて、勝手に倒れて他の人に迷惑をかける。つまりお荷物、足手まとい。
病院の一室を眩い太陽の光が照らしていた。ベッドに寝ていたのは彰介。起きてすぐに頭に浮かんだ愚痴に彼は苦笑をした。
ヤクザ事件の終止符は打たれたのか、蓬奈たちは無事なのか、そもそもあの事は本当にあったのだろうか。と、一気に疑問が膨れ上がる。頭が正常に働いている証拠だ。
「失礼する」
部屋に一人の男が入ってきた。長身で茶に染まった髪、眼鏡の奥に光る切れ長の目。
「……何でお前が来たんだよ」
彰介は怪訝そうに突然現れた竜哉を睨みつけた。もしかしたら、ここで始末をされるかもしれないという恐怖感が彰介の体を覆う。
「伝えたいことがあってな」
重くて低い、安定した声。竜哉はベッドの端に腰を落とし、大きく息を吐いた。
「まず、お前に危害を加えたのは謝る」
竜哉は頭を下げ、そのまま黙りこむ。まさかいきなりこんな行動に出るとは思わなかったため、彰介は言葉を失った。
そして竜哉が語った事はヤクザとの終止符がどのように打たれたのかと言う事。
話によれば、彰介が倒れたすぐに大蔵山冬衛門がヤクザの事務所に上がり込み、交渉をして和解という形で終わったらしい。後始末は全て郷鈴会の方でやり、奏衛門に関しては事をあまり表向きにしたくはないと言う理由で自宅治療。薫も今は大蔵山の屋敷で傷を癒してる。
冬衛門が何故ヤクザの事務所に来たのかと言うと、蓬奈に連絡を受けたからだ。どのような内容で伝えたのかは不明だが、冬衛門の裏社会で通用する権力のお陰で彰介は一命を取り留める事が出来た。
そして最後はヤクザの真の目的。外国のマフィアと裏で手を組んでいたらしく、何らかの理由で誘拐を続けていた。その理由は一切明かされなかったが、誘拐行為は彰介の手によって止めらた。これに憤りを覚えた外国のマフィアは憤慨、脅迫かつ彰介の殺人を目的として通り魔事件を行っていたらしい。
現在、日本のヤクザがマフィアに成長をしようとしている。その影響もあって郷鈴会は六堂組の裏の関係を洗ったのだろう。
そして行き過ぎた通り魔事件に不審感を覚えた奏衛門は郷鈴会の幡坂薫を雇ってヤクザ事務所の細部を調査。しかし、この隠密行動は薫の些細なミスで和吉に洩れてしまったらしく、彼は同じ郷鈴会の倉間竜哉を雇った。そして続けて絶え間なく外国のマフィアと共に殺人を犯し、再度蓬奈を誘拐をして、わざと薫を自らの陣地へ誘い込むようにしたのだ。これは彼女の性格を分析した竜哉の作戦。それは見事に成功。
つまりヤクザの本来の目的は幡坂薫という人物を消すこと。通り魔事件や、蓬奈の誘拐はヤクザの目的ではなかった。
「関係の無いお前に怪我を負わせたのは悪かった。少ないが、これを受取ってくれ。お前とあの少女の分だ」
竜哉が懐から出したのは二枚の封筒。彼の言葉からして中身は現金だ。
「……いらねえよ、こんなもん」
彰介はそれを受け取るのを拒否した。
ただの数枚如きの紙で今までの事態が変わるわけではない。これを得て何か変化が起こるのだろうか。
これが彰介の考えだった。そして竜哉は無言で彰介を眺める。
「いらないのか? 中身は現……」
「金で全部解決できると思うな!」
竜哉の言葉を彰介は断ち切り、そして胸倉を掴んだ。いきなり上半身を起こしたため、脇腹から痛みが走る。けれどそれは我慢した。
「金なんか受け取る気はない。でもその代り、蓬奈たちに謝れ! ちゃんと謝れ!」
こんな体なのに自分でも驚くほどの大きな声。けどすぐに我に帰った。病室で何騒いでんだよ、と内心で反省をする。
彰介に圧倒されたのか、竜哉は静かに笑った。彼の外見からして笑うという行為を忘れているのかのように思えるのだが、しっかりと笑っている。
「何が面白いんだよ……」
「お前はちゃんとした天秤の持ち主の様だな。腐りきっている俺とは大違いだ」
金と被害者。天秤に乗せて重い方は、彰介にとって被害者である。しかし竜哉は金の方が重い。裏世界で働くという事は、自分の良心を捨てること。多少でも良心が残っているのであれば、それは仕事に支障を招く事になる。
「わかった。後日大蔵山の屋敷で謝罪をしに行こう」
随分と潔い性格の持ち主だ。彰介は拍子抜けたが、まあ善しとする。この性格ならば自分で言った事はきちんとやり遂げる人間だと思ったからだ。自分を腐っていると言いつつも、彰介の元へと会いに来て謝罪し、また大蔵山の屋敷にも謝罪をしに行く。
彼の天秤は腐っていない。本来なら敵であるはずの竜哉を彰介は心のどこかで許した。
「じゃあ、俺は席を外す」
竜哉は腰をあげ、病室の出口へと差し掛かった時だった。いきなり立ち止まり、そしてまた彰介の方を睨みつける。
「な、何だよ……」
「お前、名は?」
「……北城彰介。そっちは?」
「倉間竜哉。お前の名前は覚えておく」
そう言い残して竜哉は出て行った。彼がいなくなったせいか、妙に室内が静かな感じがする。彰介以外に他の患者がいない。個室と言っても良いくらいだ。
風のなびく音が窓の外から聞こえる。空は快晴、青く広がる世界には鳥が自由に羽ばたいていた。思い返せばこんな天気の中を歩いたのはしばらくなかったような気がする。
それにしてもやる事がない。これなら浩二の授業を聞き流している方がまだマシだ。
彰介は心の中で大きな溜め息をつく。あと何日こんな生活が続くのかと思うと、気が重くなる。彰介はしばし仮眠をとる事にした。
眠くはなかったのだが、無理に寝つけたお陰で辺りはすっかり茜色に染まっていた。日中の時の病室とは対照的に、妙な孤独感を感じる。
「失礼しまーす……」
若干遠慮がちに開かれた病室の扉。必要以上に小さい声が彰介の耳に伝わる。
「うわっ、いた!」
「幽霊かよ、俺は……」
部屋に入ってきたのは蓬奈だった。制服を着ているので学校に帰る際に来たらしい。声色からして機嫌はそこそこに直ったようだ。
「ほら、ささやかなプレゼント」
「……ありがとな」
蓬奈が渡したのは五輪程度の鮮やかな花が束になって小さな籠の中に入ったもの。彰介は近くの花屋で買ってきたものだと思ったのだが、よく見るとそれは造花だった。
彰介は造花をベッドの脇に置き、呆然と天井を眺める。蓬奈が来ても何を話せばいいのかわからない。それにあまり事件に関しての話も蒸し返したくはない。
彰介が適当な言葉を探している内に、蓬奈の方から行動に出た。
「ずいぶんと無愛想なヤツ」
彼女は彰介の顔を覗き込んだ。そこで妙な違和感が一つ。
「なあ、首元に痣出来てるぞ」
ヤクザとの一件で出来たとは思えない。なぜなら蓬奈の服の襟部分には薄っすらと足跡が浮かんでいる。誰かに首元を踏まれた可能性は極めて高い。学校で出来た痣としか彰介は考えられなかった。
「あー、えっと。これは……」
蓬奈は笑いでごまかしていたが、それもすぐに止めた。はぁ、と大きく息を吐き、蓬奈はベッドに腰を下ろす。
そして約二分程度沈黙の時間が流れ、蓬奈は口を開いた。
「何て言ったらいいのかな。ストーカー……。理不尽な暴力……」
彰介はその時だけ、蓬奈が何を言っているのかよく解らなかった。確かに彼女は日本語を話し、彰介にも聞き取れるほどの声の大きさで言葉を放った。
「学校でやられてるのか?」
「うん」
彼女の話によると、数日前から大場と言う三年生の男子生徒に妙なほど好かれ、時折昼食を一緒に取ると事があったらしい。蓬奈は一度それを断ったら、彼の気に触れ一方的な暴行を受けた。この時に出来たのが、右腕に出来た痣。それ以来彼の言い分は嫌でも聞くようになったのだが、やはり我慢に限界が来て蓬奈は大場に反論した。そして大場はまた暴行に走る。蓬奈の腹部を蹴って、倒れた時に彼女の首元を踏みつけた。
蓬奈の右頬を平手で叩いた時に言った言葉はこの件も関係していたのか、と彰介は予測。そしてすぐ感情的になった自分を反省した。
「……なあ、俺が何とかしようか?」
こんな体で何が出来る。病院を抜け出して大場に会ってもまた傷口が開くのが目に見えているじゃないか。やっぱり俺ってバカだな、と彰介は思った。彼は何かいい方法はないかと考えるものの、上策と言えるものは浮かんで来ない。
「ううん、自分で何とかする。彰介にずっと頼る訳にはいかないし」
「でも……」
「大丈夫だって。友達にも協力してもらうから」
蓬奈なりのせめてもの礼儀だろうか。あまり彰介に負担をかけないようにした結果である。彰介が入院している間、蓬奈はどう対処するのかはわからない。退院後にもこの問題が続いているのならば彰介も手助けをするだろう。
「わかった。じゃあ頑張れよ」
こんな時に頑張れという言葉は相応しいのだろうか、と彰介は考えたが、今はこんな言葉しか出てこない。
「うん。わかった」
窓から吹き込む風がカーテンと蓬奈の髪を優しく揺らす。金色に光る太陽は西に大きく傾き、空はいつの間にか薄暗い紺色で塗られていた。時間は六時半を回ったところ。彰介はもう蓬奈に帰るよう催促をした。
再び訪れた一人だけの時間。蓬奈や竜哉が来たせいで奇妙なほど静かに感じる。
「そう言えば八月に夏祭りがあるな……」
今は七月の下旬。夏祭りは毎年八月の中旬に催される。いつもそんなに気に掛けなかったのだが、何故か今回はいきなり頭に飛び込んできた。昔はよく行ったが、中学になってから全く行かなくなった。いや、ただ記憶に無いだけかもしれない。
彰介はまた天井を眺めた。
今回は文字数的に二話分の量です。
私のあまりの計画の無さでこうなりました。
なるべく読者様に負担をかけないよう二千字から二千五百字にしているのですが、この話は四千字前後です。
それと次回で最終話です。
あ、物語上の最終話ですよ。厳密にいえばあと二話なんです。
一番最後に投稿する記事は一話分丸々後書きに回す予定です。最後は「夏のひととき」としての後書きを書こうと思います。
では、また次回!