第十五話 罠
「……ここどこ?」
彰介が蓬奈を預かってから、彼女はすぐに目を覚ました。が、彰介の存在を眼中に入った瞬間に蓬奈は車のドアの方に体を向ける。
まだ怒ってるか……。
こんな状況に陥っても昨夜の事は未だに覚えているらしい。相当、蓬奈の中では印象強かったようだ。特に話す事もなく。いや、話す事も出来ず奏衛門たちを待つとする。
奏衛門が蓬奈を運んでいる間に、既に薫は気を取り戻していた。あまりにも時間が早いのは、特別な訓練を受けているからだろうか。
「……大丈夫ですか?」
「まぁ、少し体に痺れが残るけどね」
軽く長い髪を整え、立ち上がった。若干足元が不安定だったが、彼女なら心配する必要もなさそうだ。
「あの、これからどうするんですか?」
「組長と竜哉を見つけて潰してやる」
もはや依頼遂行ではなく、ただの仕返し。もちろん真正面から立ち向かっても勝ち目などないだろう。竜哉はともかく、六堂組組長の国岡和吉と若頭の敦吉に関しては未知数の戦闘力。しかも竜哉には薫と同じような部下を引き連れている可能性がある。
「たぶんあいつらは三階だと思う。さ、行くよ」
さっきまで床で倒れていたのが嘘のようだ。これで傷さえ無ければ何事もなかったかのように思える。
さて、何故か三階だけは電気が点いていた。これは人がいる証拠である。
「出て来い! このヤクザ共!」
薫はそう叫んだ。隠密行動なんて彼女には必要ない。耐久力だけは人並み以上だと自負していた事もある。
「……お前、まだ生きてたのか」
部屋から出てきたのは竜哉だった。眼鏡の奥に光る冷たい目は、軟弱な者なら怯むであろう。
「まぁいいか。ちょっとお前ら、こっちに来い」
予想もしなかった展開だ。竜哉は奏衛門と薫と部屋に招き入れる。もちろん罠かもしれないという警戒心は奏衛門にはあるのだが、薫は何の躊躇もなく部屋へと歩き出す。
招かれて入った部屋は意外と広かった。そこには初老を越えた容貌の男性と二十歳前後の男性がいた。見ただけで国岡和吉とその息子の国岡敦吉だとわかる威圧感。
「どうぞ、お掛けになって下さい」
澄んだ声で敦吉は催促をする。遠慮も無しに薫はソファーに座り、それに従うかのように奏衛門も座った。お茶を出されたが、それは万が一の事を考えて二人とも手はつけない。誰も口を開かない黙々とした空間。いつもより時計の秒針を刻む音が嫌に大きく聞こえた。そして、その音と合奏をするかのように遠くで響きわたるパトカーと救急車のサイレン音。
「さて、もういいぞ」
敦吉の声と共に拳銃を構えて別室から現れた三人の男たち。その瞬間に人生最大の後悔を覚えた奏衛門。
やっぱり罠じゃないか……。
下手に動いても体が蜂の巣になるのは目に見えている。ここは動かない方が賢明だ。しかしこの考えを薫が全て破り捨てた。
彼女は手元にあったコップを天井にある蛍光灯に投げつけ、男たちがそちらに注意を向けた瞬間に体を跳躍。一人の男の鼻に飛び膝蹴りをし、拳銃を奪い取った。残った二人はそれに抵抗をして銃弾を発砲するものの、狙いは定まらず窓ガラスへと命中。ガラスは大きな音を立てて細かく散っていった。
その音は彰介たちの方まで聞こえた。突如、静寂な闇の空間を引き裂くような音でガラスは宙を舞い散る。そしてそれと共に聞こえた銃声。流石の蓬奈も音の鳴った方を見た。
「まさか……」
もしかしたら奏衛門たちが危機に陥っているかもしれない。
高校生並みの思考判断。後先考えずに彰介は車から飛び出した。自分が加勢しても何の意味にならないのはわかっている。けど、見殺しの様な行為に繋がる事はしたくもない。
薫の部下が彰介を止めさせようと声を出したが、それは本人の耳には届いていなかった。
「……何だよこれ」
彰介の目に広がった世界は思いもよらないものだった。
あと二〜三話程でこの物語も終わります。
思い起こせばこの小説を書いたのは先月の事なんですよね。凄い早く感じます。
しかもネタを練ってた時期を加えれば二ヶ月ちょいはこの小説に時間を使っていました。
小説の試行錯誤はきっと来年も行うことでしょう。